地元・兵庫で開催された今年のジャパンクラシック選手権66kg級で見事に優勝を果たし、ベストリフター賞も獲得した井上雄介選手。大会名が「ジャパンオープン」だった時代を含め、これで同大会8度目の制覇。だが、本人は雑誌の取材を受けたことがなく、また自身もSNS をやっていないためネットにも情報があまり上がっていない。ある意味“謎の人物” 化しているクラシック66kg級の鉄人・井上選手の強さの秘密に迫るべく、練習場所の「雷神ファクトリー」を訪れた。(IRONMAN2021年5月号より)
取材・文:藤本かずまさ 撮影:北岡一浩
大会写真:POWERSPORT 取材協力:雷神ファクトリー
――デビュー戦はいつの、どの試合になるのでしょうか。
井上 2010年の近畿パワーリフティング選手権です。そこで標準記録を取って、半年後にジャパンオープン(現ジャパンクラシック)に出場しました。成績は近畿パワー、ジャパンオープンともに2位でした。
――そもそもトレーニングを始めたきっかけは何だったのですか。
井上 友達と腕相撲をすることがあって、パワーの試合に出る2、3年前から(腕相撲強化の一環で)自宅で鍛えていました。
――当時はどういったトレーニングをやられていたのですか。
井上 ダンベルを使った種目とか、アブローラーとかです。また、僕の友達も鍛えていて、一緒に原付を持って歩いたり。
――原付を持って歩く?
井上 友達の家にあった原付を持ち上げて、そのまま20メートルほど歩くんです。
――ファーマーズウォークみたいな感じですね。
井上 あと、倉庫の天井からロープを吊って、それを腕だけで昇ったり。自重で楽にできるようになったら、砂を詰めたリュックを背負って昇っていました。まあ、トレーニングというより、遊びみたいな感じでした。
――子どものころから力は強かったのですか。
井上 握力は強かったです。中学生のときに左右ともに握力50㎏以上あったので。
――確かに、井上選手は前腕の太さが尋常ではありません。
井上 これは仕事の関係もあるかもしれません。僕は造園業をやっているんですが、石屋さんのお手伝いで、機械が入れないような場所で墓石を手作業で運んだりもするんです。
――パワーリフティングを始めたのは?
井上 この「雷神ファクトリー」に入る前に、別のフィットネスジムに通っていた知り合いから「ベンチプレスの大会に出てみないか?」と誘われたことがあって、実はパワーリフティングの試合に出る半年ほど前にベンチプレスの試合に2試合だけ出ているんです。その試合に出るにあたって、大会1カ月前に雷神ファクトリーに入会しました。初めての試合は兵庫県ベンチプレス大会で、117・5㎏を挙げました。
――雷神ファクトリーに入会するまでは、知り合いが通っていたフィットネスジムで練習していた?
井上 いえ、そのフィットネスジムにはビジターで1、2回行った程度でした。そのジムで初めてベンチプレスをやりました。
――そこでは何㎏ほど挙げていたのですか。
井上 止めなしで120㎏くらいです。試合でも120㎏を申請したんですが、これは失敗してしまいました。当時はグリップとか握る位置とか、よく分かっていなかったんです。バーについている線(81㎝のライン)も、何のためにあるのか知らなくて。全てにおいてテキトーでした(苦笑)。
――それでよく公式戦で117・5㎏も挙げましたね。
井上 結果は2位でした。その半年後に障害者&健常者ベンチプレス交流大会に出て、132・5㎏を挙げました。
――またえらい伸びましたね!
井上 はい、握る位置とかが分かるようになったので。そしてベンチプレスだけではなく、全身を鍛えたいと思って、パワーリフティングをやるようになりました。
――最初に挙げたスクワット、デッドリフトの重量は?
井上 スクワットは150㎏か155㎏、デッドリフトは180㎏でした。
――人生初のスクワットとデッドリフトがその数字ですか…。
井上 そこから(雷神ファクトリー代表の)笹倉(伯文)君にバーの握り方などを教わりました。デッドはこっち(オーバーグリップ)ではなく、こう(オルタネイトグリップ)握るんだ、とか。
――「こんな感じかな?」とオーバーグリップでやってみて、180㎏を引いたんですか?
井上 はい。笹倉君に握り方を教わったら、次のセットでは190㎏が引けました。
――パワーリフティングの試合でデビューした時点で、この競技の日本一になりたいという思いはあったのでしょうか。
井上 いえ、当時は日本記録はおろか、フルギアとノーギアの違いも知りませんでした。ただ、ジャパンオープンで2位になったあたりから(日本記録を)意識するようになりました。
――井上選手の中で、当時は「パワーリフティング・イコール・ノーギア」という認識だったのでしょうか。
井上 そうでした。でも、ここに入会したときに笹倉君がギアを着て練習していたので、(フルギアの)存在は知ってはいました。笹倉君のギアを着たときは着るだけで30分かかり、全く動けず。他のギアを試したときもそんなに違いが分からなかったです。
――だからノーギアの試合に絞って出場しているのですね。
井上 いえ、ただ単に着るのが面倒臭いんです(苦笑)。
――2013年には一度だけ全日本パワーリフティング選手権に出場されています。フルギアの試合にノーギアで出場しました。トータル652・2㎏で2位というすばらしい成績でした。
井上 フルギアの試合でどこまで通用するか、試したかったんです。
――その前年に第1回目のクラシック世界大会、クラシックワールドカップに出場されました。
井上 そこでも2位だったんですが、優勝できるかな?とは思っていました。その翌年にクラシック世界大会と全日本パワーリフティング選手権が同時期に開催されたのですが、そのときの世界大会の優勝記録が、確か642・5㎏だったんです。当時の僕の階級の世界記録が650㎏だったんですが、僕はその数字を目指して全日本パワーリフティング選手権に出たんです。
――現在、練習はどのように組まれているのですか。
井上 平均すると週に5回です。多いときは2週間連続で練習するときもあるし、仕事が忙しくて週に3回くらいしか練習できないこともあります。
――1回の練習メニューは?
井上 1日2種目です。ベンチプレスとスクワットをそれぞれ10セットほど。1種目につき1時間から1時間半くらいやっています。
――今日はベンチプレスは140㎏でセットを組んでいました。
井上 今日は「軽い日」で、140㎏5発を10セット。「重い日」を週に2回ほど入れるのですが、そのときは160㎏から170㎏3発を10セットやります。
――その「軽い日」「重い日」はどのようなサイクルで回しているのでしょう。
井上 テキトーです。「軽い日」を入れて、ダメージが抜けたと感じた日を「重い日」にしています。
―― そのあとスクワットに入って、140㎏にチェーンを装着して1発、2発、3発…とセットごとに回数を上げていきました。そして最後に180㎏にチェーンを装着して10発でした。
井上 「重い日」は220㎏とか230㎏で組みます。今は220㎏で6発、230㎏で4発がベストです。200㎏にチェーンをつけるなどのバリエーションをつけることもあります。そこは気分で変えていきます。
――デッドリフトは?
井上 たまにやります?
――たまに? それはどのくらいの頻度ですか。
井上 決めていないです。だいたい1カ月に2、3回くらいです。全くやらない月もあります。
――今はデッドリフトの優先順位が低い時期なのでしょうか。
井上 いえ、そこは〝気分〟なんです。気分次第で、自分の好きなことを好きなだけやる。僕は昔からそんな感じなんです。気分によっては3種目やることもあります。
――大会前のピーキングは?
井上 全くやりません。今年(のジャパンオープンで)は、大会の前日もベンチプレスとスクワットをやっていました。そこも気分次第ですね。「大会前だから2日ほど練習を休もうかな」というときもあれば、前日まで普段通りの練習をやることもあります。僕の場合、逆にあれこれ考え過ぎると、それがストレスになって調子が崩れるかもしれないです。
――井上選手の中では「面倒臭いか、どうか」がひとつの大きな判断基準になっているような気がしてきました。
井上 普段の練習でも、着替えるのが面倒臭いときは作業着のままでスクワットをやるときもあります。着替えもリストラップも何も持っていかないまま、仕事帰りにちょろっとジムに寄って練習することもあります。帰宅途中にコンビニに寄るような感覚ですね(苦笑)。僕には好きなことを好きなようにやる練習スタイルが合っているのかもしれません。
――競技におけるモチベーションはどこに置いているのでしょう。
井上 あと2回は(ジャパンクラシックで)優勝したいです。それでちょうど10回優勝したことになるんです。また、自分が持っている662・5㎏の日本記録を塗り替えたいです。今はピーキングなどをしている選手がほとんどだと思いますが、僕は自分の好きなやり方で日本記録更新を目指していきます。
続けてお読みください。
▶66kg級の体重で、スクワット310.5kgを挙げる全日本パワー5回優勝に輝いた男
井上雄介(いのうえ・ゆうすけ)
1981年7月11日生まれ。兵庫県加東市出身。身長161㎝、体重64~67kg。
主な戦績:
2010年 ジャパンオープン選手権67.5kg級2位
2011年 ジャパンオープン選手権66kg級優勝
2012〜2018年 ジャパンクラシック選手権66kg級優勝
2012年 ワールドクラシックカップ66kg級2位
2013年 全日本パワーリフティング選手権66kg級2位
2015年 わかやま国体公開競技66kg級優勝
2019年 ジャパンクラシック選手権66kg級2位
2021年 ジャパンクラシック選手権66kg級優勝
自己ベスト記録:スクワット240kg、ベンチプレス170kg、
デッドリフト265kg、トータル662.5kg(日本記録)
執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。