「強くなるための魔法なんてありません」寡黙な、パワーリフティング王者の強さの秘密

2019年2月のジャパンクラシックパワーリフティング選手権(2018年度大会)83kg 級で優勝した平向賢伍選手はSNSをやっているわけでもなく、また選手間のコミュニケーションを積極的に取っているわけでもない、極めて情報の少ないパワーリフターである。2012年のジャパンオープン(現在のジャパンクラシック)優勝後に競技から離れ、18年に復帰。現在は静岡県の浜松で1人で練習に取り組んでいる平向選手の履歴に迫った。
取材:藤本かずまさ 撮影:上村倫代 大会写真:柳沢由紀子

――まずはトレーニングを始めた理由から探っていきます。
平向 鍛えて、かっこいい身体になりたいと思ったのが最初です。短い期間ですが、20歳のころにモデル事務所に所属していたことがあったんです。当時はいろんなオーディションを受けていたんですが、その会場で会ったモデルの中に、かっこいい身体をした人がいたんです。僕もああなりたいと思ったのがきっかけです。

――モデル事務所にはスカウトで入ったのですか?
平向 いえ、アルバイトのような感覚で、自分で申し込んで所属していました。結婚情報誌や式場ポスターの花婿役のスチールモデルなどをやらせてもらっていました

――パワーリフティングを始めたのは?
平向 僕はトレーニング好きが高じて神奈川県のスポーツクラブに勤めるようになったんです。そこのお客様にベンチプレスの選手の方がいて、誘われて出たのが最初です。そこで初めてパワーリフティングという競技を知りました。

――それがデビュー戦?
平向 はい、24 歳くらいのときに出た神奈川県大会です。82・5㎏級(当時)で優勝できました。記録はスクワット180㎏、ベンチプレス140㎏、デッドリフト200㎏でした。

――誘われて大会に出場するまでの期間は?
平向 3カ月くらいでした。それまではベンチプレスしかやっていなかったんです。パワーリフティングの大会に出ると決めてからスクワットとデッドリフトを始めました。その2種目は、早い段階で180㎏、200㎏が挙げられるようになりました。

――子どものころから力は強いほうだったのですか。
平向 うーん…、中の上くらいだったと思います。

――初めて出場した大会で優勝して、そこでこの競技を続けてみようと思った?
平向 そうです。また、同じ大会に福島勇輝選手も出ていて、そういう強い人たちを見てかっこいいなと思ったのもあります。

――その後、しばらくして三土手大介さんのノーリミッツに所属するようになりました。
平向 その(デビュー戦の)あと、2011年にジャパンオープン(現在のジャパンクラシック)も出たんですが、そこでもある程度の成績(93㎏級5位)を残せたんです。そして、もっと強くなるにはどうしたらいいかを考えていたときに、当時同じジムにいた元プロレスラーの垣原賢人さんにノーリミッツを紹介していただいたんです。僕もノーリミッツには強い選手がたくさんいることは知っていたので、「今だったら行っても恥ずかしくないだろう」と(苦笑)。

――そこでの練習方法は?
平向 変わりました。サイクルトレーニングで計画的に練習を進めるようになりました。

――当時のことを三土手さんに伺ったのですが、「流行りのフォームとか、トレーニング方法は一切行わず、本当に基本に忠実な男だった」と。
平向 確かに「基本的なことをシンプルに実践する」ということを大事にしているかもしれません。

――ご自身の練習で軸にしている考え方は?
平向「無駄なことはやらない」です。例えば、パワーリフティングで強くなるために、身体をかっこよくする必要はないんです。だから、補助種目も(パワーリフティングに)直結するもの以外は一切やりません。無駄なことをしてケガをしたらもったいないですから。

――競技を続けていくうちに、次第に考え方がシンプルになっていったのでしょうか。
平向 その競技で勝つということを考えたとき、かっこいい身体を求めるのは無駄だと思ったんです。例えば、ボディビルを続けていくうちに重量にはこだわらなくなっていったというのと同じだと思います。勝つためには何が必要か、ということを考えていった結果だと思います。

――そのような考えに至ったのはいつごろですか。
平向 ノーリミッツに入ってからです。三土手さんに組んでいただいたメニューに取り組んだら、一気に重量が伸びたんです。だったら、もうこれ以外はやらなくてもいいんじゃないかと思いました。

――3種目を中心にした、補助種目も少ないシンプルなメニュー?
平向 そうです。補助種目は、スクワットだったらストップスクワットだったりスロースクワットだったり、その種目の中でバリエーションをつけます。また、パワーリフティング専門のジムなので、環境的にも力を出し切ることができたんです。声を出しても大丈夫だったり、高重量を挙げるときはみんながサポートしてくれたり。だから、あまり練習にボリュームを持たせる必要もなかったです。

――2012年にはジャパンクラシック93㎏級で優勝し、トータル717・5㎏で当時の日本記録を更新しました。
平向 それまで自己流でこつこつと継続していたことがノーリミッツで開花したんだと思います。

――デッドリフトでは300㎏を引いていたと伺いました。
平向 はい、ノーリミッツにいたころですね。練習内容はすごくシンプルです。サイクルトレーニングでやっていくのですが、メインセットを1〜2セット、身体に重量を覚えさせるメモリセットを1セット、そして足元にブロックを敷いてシャフトを低い位置から引き上げるブロックデッドリフトを1セット、これで終了です。

――本当にシンプルですね。
平向 セットの組み方にしてもフォームにしても、シンプルなものを突き詰めていって、今に至っています。

――しかし、ジャパンクラシック優勝後、表舞台から忽然と姿を消しました。
平向 連覇が懸かった13年のジャパンクラシックには、出場するつもりでいたんです。でも、家庭の事情で出られなくなって、また肩を痛めていたこともあって、競技から離れました。

――復帰戦はいつの大会になるのでしょうか?
平向 2018年10月の静岡県大会です。12年のジャパンクラシックでは、優勝はしましたが、もっと記録を伸ばせたんじゃないかと思ったんです。不完全燃焼で、心にモヤモヤしたものが残っていました。4年ほど前に浜松に引っ越してきたのですが、ノーリミッツでやっていた練習方法をベースにトレーニングは続けていたんです。自分でも練習を続けて、また自分の日本記録が抜かれていないか毎年大会の記録はチェックしていたので、「また出たい」という気持ちはずっとあったのかもしれないです。

――復帰2戦目のジャパンクラシックでは13番目のノミネーションでした。パワーリフティングはノミネーションの順位が下位の選手から試技を行います。その記録が他の選手の参考にされるため、順番としては不利な状況にあったと思います。
平向 静岡大会の復帰戦では、未公認になるのですが、日本記録を狙っていました。でも、その日は体調が悪くて、全く挙げられなくて…。その結果を受けて、13番目のノミネーションになってしまいました。

――当日は、自分の力を発揮できさえすれば大丈夫、という自信のようなものがあったのですか。
平向 日本記録を取ることを目標にして臨んでいたので、日本記録を取れれば勝てると思っていました。ただ、その数字には届かなったんですが、誰がどのくらいの数字を出すかというのもチェックしていたので、それを目安にしながら試技を進めていきました。

――そうした試合運びにも地力の強さを感じます。今日はスクワットの練習を拝見しました。100㎏5回、140㎏4回、180㎏6回を3セット、190㎏3回という内容でした。
平向 今はパワー専門ジムではなくこのゴールドジムで1人で練習しているのですが、低ボリュームの練習では頭打ちになってしまったので、もう少しボリュームを持たせたほうがいいだろうという結論に至ったんです。スクワットが強い西村直樹選手(83㎏級ノーギアスクワット元日本記録保持者)に練習方法を聞いたことがあるんですが、その選手は180㎏で十数セットやっていたんです。その練習方法を取り入れたら、伸びてきました。

――少し練習方法をアレンジしたのですね。
平向 基本的な組み方としては、180㎏のセットに厚みを出していきます。180㎏10回で5セット以上やり込んでいって、調子がよくなってきたら1週間ごとに10㎏ずつ重量を上げて、そこでまたボリュームを下げる、これを繰り返していく感じです。

――では、今日はボリュームとしては抑え目だったのですね。
平向 実はトレーニングを1カ月ほど休んでいたんです。今年は大会が中止になったり、腰を痛めたりしたので、これまで1週間以上休んだことがなかったから、ここで思い切って休んでみようと。それで今日、久々にスクワットをやりました。まだ〝慣らし〟の段階ですね。一番ボリュームを持たせる時期には10回で7~8セット行います。デッドリフトは6回でセットを組んでいきます。ただ、疲労が溜まっていくので、ボリュームを持たせるのは大会の3、4カ月前くらいからです。

――最後の190㎏3回は?
平向 メモリセットです。少し重たい重量を担いで、その感覚を掴むんです。

――そういえば、ストレッチをしている場面を見かけませんでした。
平向 僕はストレッチはやらないんです。ストレッチをすると柔軟性は出るんですが、動きが悪くなるんです。僕は少し硬いほうが動きがいいです。

―― 最初にシャフトだけでアップされていましたが、それがストレッチの代わり?
平向 そうです。そこで少し腿の筋肉を伸ばしたり、股関節を動かしたりするくらいです。

――1週間のルーティンを教えてください。
平向 月曜日がベンチプレス、火曜日がデッドリフト、水曜日か木曜日にスクワット、金曜日にベンチプレス、日曜日にスクワットです。試合に向けての練習で大事にしているのは「意識を研ぎ澄ます」ことです。身体の中の感覚をよくしていきます。スクワットは「脱力」、デッドリフトは「爆発力」、ベンチプレスは肩をケガしているので「やれることをやる」と、その種目ごとのテーマに沿ってやっています。繰り返しになりますが、シンプルなこと、基本的なことしかやっていません。

――その、平向選手が大事にしている「基本」とは?
平向 うーん…。例えば、自分にとって挙げやすいフォームがあるとします。そのフォームで、軽い重量でも重たい重量でも同じように挙げられるようにする。これが「基本」だと思います。
強くなるための魔法なんてありません。こういうセットの組み方をすれば強くなるとか、こういう補助種目をやれば強くなるとか、そういうことではないんです。強くなるためには、基本に忠実に、こつこつと続けていくしかないと思っています。

続けてお読みください。
▶「高重量を理論で攻める」パワーリフター信田泰宏選手[インタビュー全文掲載]

平向賢伍(ひらむき・けんご)
1984年1月21日生まれ。神奈川県横浜市出身。身長176㎝、体重82kg。2008年に競技デビュー。
主な実績:
2012ジャパンクラシックパワーリフティング選手権93kg級優勝
2019ジャパンクラシックワーリフティング選手権83kg級優勝
自己ベスト(ノーギア):スクワット… ………268kg、ベンチプレス………182.5kg、デッドリフト…………270kg、トータル……………717.5kg


執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。

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