「高重量を理論で攻める」パワーリフター信田泰宏選手[インタビュー全文掲載]

昨年の国体パワーリフティング公開競技105kg級で優勝を果たした信田泰宏選手の練習は、週5ペースの高頻度、補助種目も積極的に取り入れるというスタイルだ。SNSでも広く情報を発信している信田選手。衝撃的な告白とともに、その練習内容を解説してくれた。
取材:藤本かずまさ 撮影:北岡一浩

――トレーニングを拝見して、コンディショニングをとても重視しているように感じました。
信田 重視しています。その目的は、まずはケガをなくすこと。そして、トレーニング中のパフォーマンスをなるべく良い状態で維持することです。パワーリフティングにおいてフォームはひとつの技術として重要になってきます。そのフォームが毎回違うと、反復練習をしている意味がなくなってしまいます。毎回の練習で同じ状態を作れるような工夫はしています。
――ウォームアップでは胸椎、股関節の動きを入念にやられていました。


信田 呼吸と股関節の動きはとてもに大事にしています。胸椎の可動性がなくなると肩甲帯や上肢にも影響してきます。スクワットでバーを担げなくなったり、ベンチプレスでブリッジができなくなったりしないよう、胸椎の動きは出せるようにしています。また、ファシア(fascia)、日本では「筋膜」と誤訳されていますが、ファシアのリリースをし、さらに物理的に胸郭を締め、肋骨が開いた状態、いわゆる「リブフレア」にならないようにしています。股関節に関しては、スクワットもベンチプレスもデッドリフトも股関節の出力が重要になってくるのですが、お尻の筋肉はなかなか使いづらい。無意識でも使えるようにするために、アクティベーションドリルを入れたり、コンディショニングのエクササイズを取り入れたりしています。
――トレーニング内容も斬新と言いますか。
信田 幸運なことに、僕の周りには研究畑の専門家の方々が多いんです。そういった方々からいろんな情報をいただき、それらを自分で試しながらかみ砕いて、取捨選択をして、実践しています。
――そういった方々とは、どのようにつながったのですか。
信田 本格的にトレーニングを始めたのは6年前になるんですが、その前から勉強はしていたんです。基本的な知識が身につくと応用的なこともできるようになってきて、自分で論文や医学誌などを読むようになって、その中で得たことをSNSでアウトプットするようになったんです。すると、いわゆる生理学であったり解剖学であったりバイオメカニクスであったり分子生物学であったり、その分野のプロの人たちが僕に興味を持ってくれるようになったんです。僕自身も興味があったので、“実験台”のような感じで、いただいた情報を実践するようになりました。
――バンドを使う目的は何なのでしょうか。
信田 僕はスクワットの研究者の久保孝史君(早稲田大学審査学位論文博士)と仲が良くて、彼の発表した論文が海外の専門誌でアクセプトされたんですね。それはスクワットの減速局面(挙上動作の中盤から終盤)、バンドを用いたスクワットのパワー発揮についての研究なのですが、減速局面ではどうしても力の発揮が小さくなるので、全ての関節角度で有効となる負荷をかけるために、バンドを使うようにしています。
――バンドでアシストをして370㎏まで重量を上げていきました。
信田 高重量を目の前にすると、怖さが出るものですが、その怖さを簡単に取っ払ってくれるんです。さらに、重量設定にもよりますが、重たくなってもフォームを崩すことなく動作ができます。頭の部分と身体の部分で、いい体感を得ています。
――その後に今度は下から引っ張られるレジストをかけて行うことで、“鍛え漏れ”がなくなるということですね。
信田 そうです。全てのレンジで負荷がかけられる状態に持っていけるようにしています。今日はレップ数が少ない日だったんですが、普段は3~5レップで組んでいます。アシストも300㎏ほどで3~5発で組んでいます。


――計算された練習内容、という印象を受けました。
信田 セット数にしてもレップ数にしても、全てに意味を持たせるようにしています。普通に仕事をしていたら練習量が限られてくるので、考えて取り組む必要があるんです。そうすることで1回1回の質が上がっていくんじゃないかなと思っています。
――インターバル中はパートナーの方たちとにこやかに話されていました。
信田 僕は身体が大きくて扱う重量も重たいので、黙っていたら威圧感を与えてしまうかもしれません。また、実は僕には持病があって、そんな僕を助けてくれたのがトレーニングでした。みんなで声を掛け合いながら、トレーニングを楽しんでほしいという気持ちがあるんです。
――持病、ですか。
信田 負けたときの言い訳になるんじゃないかとか、自分にとっての逃げ道を作りたくないということもあって公表していなかったんですが、僕はラグビー時代に肩を脱臼したり鎖骨を折ったり、いろんなケガをしてきて、その中で頭のケガによる障害を負ったんです。慢性外傷性脳症(CTE)という、要はパンチドランカーに近い症状があるんです。
――それはいつごろなのでしょう。
信田 僕はラグビーを15年間やっていて、田村(優)やリーチ・マイケルと同い年で、U -17では関東代表で一緒に戦ったメンバーです。大学では1年生のころから試合に出させてもらって、将来はトップリーグに進もうと思っていました。でも、大学3年生のときに症状が出始めまして、そこから体調を崩したんです。最初に起こしたのはパニック障害でした。でも、当時はパニック障害だということが分からなかったんです。他にもIBS(過敏性腸症候群)とか、それまで経験したことがない不調が起こるようになりました。体重も急激に減っていき、パフォーマンスも発揮できなくなって、試合も怖くなりました。それが理由で、トップリーグに進むのを辞めたんです。
――診察を受けて、CTEということが分かったんですか。
信田 大学卒業後は都庁に入って社会人生活を送るようになるんですが、その中でさまざまな病気に罹っていったんです。顔面播種状粟粒性狼瘡(LMDF)とか、自己免疫疾患とか。それが身体のことを勉強するひとつのきっかけにもなったんですが、次第に身体が崩れていくような感覚があったんです。都庁を辞めた後に罹ったLMDFに関しては、これは顔の皮膚が壊死していく病気なんですが、原因も治療法も分からないんです。本格的な治療を受けないまま過ごしてきたんですが、5年前、仕事中に倒れてしまったんです。気絶、記憶障害、不眠症、睡眠時パニック障害などがパラレルに起きた時期もありました。「CTEかも」という診断はもうかなり前から言われていて、脳のチェックをたくさん受けて、主治医のお医者さんと6年前から本格的に闘病してきました。セカンドオピニオンどころか3つ4つ5つと病院を渡り歩きました。とりあえず脳機能が落ちていて、可能性があるのはコンカッション(脳震盪)だろう、ということでした。
――……。
信田 そうした中、SNS上で偶然、脳震盪の危険性を啓蒙していた二重作拓也先生(スポーツドクター)とコンタクトが取れたんです。少し相談させていただくと、「認知障害はありますか?」と。そもそも僕は認知障害を起こしていることに気付いていなかったんです。自分では分からないんですよ。でも、スマホや財布をどこかに忘れたり、パスコードを忘れて自分で自分のスマホを開けなくなったりすることがある。自転車で出かけたのに歩いて帰ってきて、自転車をどこに置いたのか分からなくなったこともありました、アハハ(笑)。
――アハハって(苦笑)。
信田 僕が飲んでいる薬は全てアンチドーピングのガイドブックに「競技中や練習中の事故に注意」と書かれているものです。筋の出力が出せなくなるので、パワーリフティングにとってはマイナスです。でも、薬を飲まないと生活ができないんです。
――そうした大変な状況の中で今でも続けられている理由は何なんでしょう。
信田 これは本当に傲慢かもしれませんが、僕のような人間でもトレーニングを続けていれば自己実現できるというメッセージになればいいなと思っています。僕を応援してくれる人たちに応えたいという気持ちもあります。また、自分が生きてきた証として、記録を残したり、何か抜きん出ているものを持ったりしたいとも思っています。その中で、楽しみを見出せたのがパワーリフティングです。
――だからこそ、練習では何ひとつ無駄にしたくない?
信田 そうです。だから勉強している、というのもあります。記録はすぐに伸びるものではありませんが、トップ選手に記録で追いつけなくても、知識は勉強すれば追いつけますから。
――補助種目に関しては、どのように考えられているのでしょう。
信田 身体のパフォーマンスを上げてくれるポテンシャルを伸ばすことと、コンディショニングという意味で取り入れています。ベンチプレスの場合だと肩と腕の種目やビハインドネックのラットプルダウンなどを入れています。例えば、肘の伸展動作(プレス動作)には上腕三頭筋が関わります。上腕三頭筋が働くのなら、肘関節を安定させるためにコンディショニングで上腕二頭筋もやろうと。表をやったら裏もやる、というパターンが多いです。
――今は週5回のペースでトレーニングされているとのことです。1回のトレーニングのボリュームについてはいかがでしょう。
信田 ボリューム期とパフォーマンス期に分けています。今はボリューム期なので、本来だと5レップくらいは行います。速筋をいかに使うかが大事になってくるのでパワーリフティング的には5レップはハイレップになります。そこで多セット(5~6セット)で行なって、トータルのボリュームを稼ぐという考え方です。そしてパフォーマンス期に移行して、ボリューム期で伸ばした伸びしろを大会に向けて詰めていく、というイメージです。ボリューム期でセット数が多くなると、こなすレップ数も必然的に多くなります。そこで技術練習もできます。スクワット、ベンチプレス、デッドリフトって難しいんです。いまだに分かりません。だから、量をこなす必要はあるんです。もちろん質は求めているんですが、最初から質を求めてしまうと、その質に行きつくまでに時間がかかってしまい、ワケが分からなくなってしまう。だから、“量ありきの質”なんだと思います。
――でかくなりたい、重たいものを挙げたいのなら、ガムシャラに取り組む時期も大事?
信田 すごく大事です。ガムシャラにやったからこそ、分かることがありますから。
――最後に、現在の目標を教えてください。
信田 トータルで850㎏を目指しています。全階級での絶対重量の最重量が850㎏なんです。自分の中でまだ伸ばしていける可能性を感じているので、達成したいと思っています。

信田泰宏(しだ・やすひろ)
1988 年6月17 日生まれ、茨城県鹿嶋市出身。成蹊大学経済学部経営学科卒業。小学生よりラグビーを始め、日本トップレベルの環境で競技に取り組む。大学4年時には都庁公務員試験に合格。退庁後、2013 年にパワーリフティングデビュー。

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