アスリートにとってブレーシングには明確な目的があり、これをマスターすることで高重量のリフティングや競技能力の向上につなげることができるのだ。
text by IRONMAN
ブレーシングとは何か
まずはブレーシングがどのようなものかを知っておきたい。トレーニング界では、そのままブレーシングという言葉で使われているが、英語の表現に「ブレース・ユアセルフ」というものがあり、これは一般の人たちの会話でもよく使われている。この言葉は、とてつもなく困難なこと、予期できないこと、苦痛なことに挑戦しようとする人に「覚悟して取りかかりなさい」と鼓舞するときに使われたりする。トレーニング界でこの単語が使われるときも意味は同じだが、トレーニング用語として用いる場合は「ブレース」という状態を作ることである。
これはつまり、最大出力をするための体勢を作ることだ。ブレーシング状態を作ると、特定の動作での筋肉や関節をしっかり保護することができるのだ。専門のコーチやトレーナーの指導を受けている人なら、高重量のスクワットやデッドリフトを行うときに「コアをブレースしろ」とアドバイスされたことがあるかもしれない。これはつまり、腹圧を最大限に高め、体幹部をしっかり安定させ、腰を守りながら指定の種目を行うという意味である。しかし、そう言われても、具体的なやり方を理解して実践できている人はあまりいないのではないだろうか。
中には、無意識のうちにできている人もいる。例えばボクシングなどでボディにパンチを食らった瞬間、ボクサーは腹に力を入れて内臓に打撃のダメージが伝わらないように防御しているはずだ。まさにそれは、ボクサーがブレーシングしているのである。ブレーシングの状態を作ると、体幹部の筋肉が一斉に作動する。つまり、胴部の全ての筋肉が強い緊張状態になり、まるで胴部に鎧をまとったようになる。この状態になると、脊柱がニュートラルポジション(本来の位置)に固定される。もちろんこれは正しい姿勢なので、最大限のパワーが発揮できる体勢で、しかも安定した動作を行うことができるのだ。ブレーシングというのは、ただ体幹部に力を入れればいいというわけではない。肝心なのは呼吸だ。呼吸とブレーシングの関係を理解することで正しく横隔膜を使うことができ、それがブレーシングを極めることになるのだ。
呼吸と横隔膜
横隔膜は薄くてドームの形をしていて、肺の真下にある。この横隔膜も実は筋肉であることを皆さんはご存知だっただろうか。横隔膜の役割は呼吸を維持することにある。横隔膜を意識しながら息を大きく吸い込んでみる。そうすると、横隔膜はギュッと固く平らになり、肺に入る空気に押し込まれて下方に押し下げられる。横隔膜が下方に押し下げられるので、肺にはよりたくさんの空気を取り込むための空間ができるわけだ。では次に、吸い込んだ息を吐き出してみよう。このとき横隔膜は弛緩し、肺の中の空気を押し出すために元の位置にもどる。横隔膜の動きを意識しながら深呼吸を繰り返すと、横隔膜がどのように動いているのかが頭の中に明確に描けるようになるはずだ。
横隔膜をこのように上下させる呼吸は横隔膜呼吸、もしくは腹式呼吸と呼ばれている。ここでちょっと疑問を持つ人もいるだろう。肺に空気をたくさん入れるのだから胸式呼吸ではないのか? そう思う人はおそらく、腹式呼吸は腹筋を使った呼吸であり、腹が膨らんだりへこんだりする呼吸だと考えていたのではないだろうか。しかし、実際はそうではない。横隔膜を使った呼吸こそが腹式呼吸である。腹を膨らませるから腹式呼吸というわけではないのだ。胸式呼吸と違い、腹式呼吸では「横隔膜を意識して呼吸する」必要があるのだ。
腹式呼吸はアスリートに限らず誰にとっても役に立つことだが、特にリフティング系の競技者なら必ずマスターしたい呼吸法だ。その理由として以下の事柄が挙げられる。
●体により多くの酸素を供給することができる。
●二酸化炭素の排出を素早く行うことができる。
●心拍数を減らすことができる(心拍がゆっくりになる)。
●血圧が安定する。
●腹圧が高まるので、脊柱と体幹部を安定させることができ、高重量のリフティングを安全に行うことができる(腹圧を高める=腹腔内の空気によるクッション性が増す)
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