ボディメイクの大会に臨む選手には様々な背景があり、思いがある。なかには、笑顔からは想像もできない過去を乗り越えた末にステージに立つ人もいる。
「昨年末、家族を亡くしました。何もする気が起きず、毎日泣いてゼリーも喉を通らないような絶望の日々でした。このままではいけないと、以前に申し込んだ安井友梨さんのセミナーに出かけました。そこで『大会に出ますか?』と聞かれ、『出ます』と反射的に答えたことで大会出場という目標ができ、今日ここまでやってこれました」
榎本希(えのもと・のぞみ/36)さんは、優勝後のインタビューに涙を流しながらそう語った。11月2日、マッスルゲート静岡大会が開催され、榎本さんはウーマンズレギンス163cm超級と50歳以下の部でW優勝を飾った。マッスルゲートは幅広いカテゴリーと参加のしやすさから「大会出場の登竜門」として親しまれる大会である。
榎本さんがボディメイクに触れたのは2021年に遡る。過食嘔吐の摂食障害により体型が崩れたと感じたのが動機だった。クラシックバレエの経験を生かした運動をしたいと思い、YouTubeでバレエダンサーが指導するヨガを始めた。ところが。
「動画を1日に何本もやると汗をすごくかいて、同時にお腹もすごく空いてしまって逆に食欲が増してしまいました。吐くまで食べるのが止まらず、もう食べ物から遠ざかるしかないと思ったときに職場近くにジムができました。家にいる時間を減らす目的で、逃げるようにジム通いを始めました」
ジム通いにより、身体は復調していった。しかし、軌道に乗り出したころに、最愛の家族を失うという悲劇に見舞われてしまう。
「セミナーへの予約をしていなかったら、外にも出られていなかったと思います。鬱々とした思いを振り払うようにトレーニングに没頭し、今年、大会に3つ出場しています。目標があれば余計なことを考えずに済むので、ハイペースの出場ですがちょうど良かったと思います」
榎本さんは3大会とも優勝に輝いた。その成果で、長年自分にあった自信のなさが少しずつ払拭されていっているのを感じるという。
「昔から何かを褒められてもしっくりくることがなく、自分を認めることができませんでした。でも、舞台に立って表彰されたという経験で、客観的に自分を認められるようになってきました。吐くことも少なくなりつつあります。来年はビキニに挑戦してみたいという思いも出てきました」
適度な運動は、ネガティブな気分を発散させ心を安らかにする効果を持つ。メンタルヘルスへの好影響は各所で語られるところである。スペインのマラガ大学の研究では、女性は筋力トレーニングにより、より高い抑うつ改善効果があると発表している。トレーニングには身体の健康のイメージが強いが、心の健康にも大いに役立つものである。
ジムに行くことが困難な方も、家の中で体操をしてみる、少しだけ外を歩いてみるなど自分の可能な範囲での運動を取り入れてみてはいかがだろうか。時にトレーニングは、誰かの言葉よりも優しくあなたの人生に寄り添ってくれる。
【マッスルゲートアンチドーピング活動】
マッスルゲートはJBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)とアンチドーピング活動について連携を図って協力団体となり、独自にドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト大会である。
取材:にしかわ花 撮影:上村倫代
『IRONMAN』『FITNESS LOVE』『月刊ボディビルディング』寄稿。広告・コピーライティング・SNS運用も行うマルチライター。ジュラシックアカデミーでボディメイクに奮闘している。