メディアを通して、またイベントやワークショップを通じてヨガの魅力を多面的に伝えている三和由香利さん。
ヨガ世界チャンピオンにも輝いた三和さんに世界の人びとを魅了したアーサナを見せていただくとともに美しいアーサナとは? またヨガの真髄とは? などを伺いました。
●退路を断って25歳で渡米
ブームのホットヨガと出合う
──イベントやワークショップなどでも難易度の高いアーサナを披露されている三和さん。もともと何かスポーツをされていたのですか?
小学校から高校3年まではずっと新体操と、その基礎になるバレエをやっていました。ただ、もともと人と競うのが苦手だったこともあり、競技の世界に窮屈を感じるようになって。大学ではもっと将来に生かせるようなことをと考えて、ダイビングのインストラクター資格を取ったり、踊ることが好きだったのでダンススクールに通ったりもしました。中高の保健体育の教員免許も取得したことから、卒業後はダンスの専門学校で教員になったんです。
──ヨガと出合ったのは、その後になるのですね。
そうなんです。教えていた学校では、ロサンゼルスやニューヨークからダンス講師を招いていたのですが、その指導を見て「自分も先生と言われる立場なら、もっと指導法を学んでステップアップしたい」と思い、単身渡米を決めました。
──学校を一時お休みした?
いえ、学校からは「休職して、また戻ってきたらいい」と言っていただきましたが、戻る場所があると自分の世界や視野が狭くなったり、甘えが出たりするかもしれないし、「切り開いていこう」というバイタリティみたいなものが薄れるんじゃないかとも思って、退職させていただきました。でも実は今、その学校でヨガの授業を担当させていただいているんです。25歳で退職してから時を経て…本当にご縁を感じますし、ありがたいですね。
──当時は、まさに退路を断ってのチャレンジだったのですね。でも、ヨガではなくダンスの勉強だったとは意外です。
LAではダンスの名門スタジオで学んだのですが、そこで知り合った友人が「ホットヨガって知ってる?」と。実はLAにホットヨガ元祖が学べる総本部があったんです。せっかくなのでトレーニングの一環としてヨガを体験してみようと、友人に地図をもらって訳も分からないまま行ってみたら、体育館のように広いところで何百人もの人がホットヨガをやっていたんです。
──ヨガ初体験は圧巻のスケール…当時、すでにアメリカではホットヨガが浸透していたのですか。
ええ、ハリウッドスターが当たり前のようにやっているなど、まさにブームでした。それに比べて、当時の日本はヨガスタジオの数も広さも、今より小規模でしたので、「もっと日本で新しいスタイルのヨガを広めたい、そして現代社会の中で心身を整えるのにきっと役立つ」と感じました。ヨガの哲学はとても大切なのですが「導入としてポップでフィジカルなイメージで伝えたいな」と思いました。だからこそ、アメリカで新しいヨガの魅力に出合ったことは転機となりました。もっとみなさんの心と体が健やかになるような、細部まで動きの説明や筋肉の説明をインストラクションして、体の内側から外側までフィジカル的に働きかけるようなヨガを教えたいなと。それで、ヨガティーチャーの資格を取ろうと決めました。厳しいトレーニングでしたし、英語もままならなかったので毎日行われるテストも本当に苦労しましたね。
──日本で退路を断ってきたからこそ、乗り越えられたのでしょうね。
20代後半に入っていたこともあり、1年以内に新たな道を切り開いていこうと決めていたので、必死になれたかもしれません。帰国した2006年から指導を始めまして、そこからさまざまなヨガにも触れていくことになりました。
──テレビなどのメディアを通じてホットヨガを伝えたり、CMへのご出演、振り付けなど活躍の場をどんどん広げていらっしゃいます。
最近はワークショップやイベントの機会も多いのですが、もともとの発祥を知らない方もヨガ人口増加に伴い増えてきたので、「そもそもホットヨガとは?」といったテーマでお伝えしたり、ヨガレッスンでも流派を超えていい要素を取り入れたり。音楽とともにアドバンスのポーズをお見せして、ヨガをエンターテインメント的に楽しんでいただけるような活動もしています。
──あらゆる側面からヨガの魅力を発信しているのですね。
ヨガはアートや芸術ではなく、体の内側に働きかける部分や哲学が大事というのはもちろん前提にあります。ただ考えてみると、これだけ体を自由に動かせるのは人にしかできないことなんですよね。だから、前提は大事にしつつも「ヨガってそんなポーズもあるんだ」と新たな発見をしていただけるような、ヨガをやっていない方でも見て楽しめるような、ちょっとアーティスティックなこともしています。
●誰より一番楽しめたからこそ世界チャンピオンになれた
──三和さんは、日本人初のヨガ世界チャンピオンでもあります。
「International Yoga Asana Champion ship」というヨガの世界大会に2007年から5年間出場しまして、5年目に優勝させていただきました。
──ヨガにもコンペティション的な大会があることを知らない方も多いと思います。ぜひ世界大会について教えてください。
今はルールも内容もかなり変わっていると思いますが、私が出ていた当時は世界20~30ヵ国からそれぞれ予選を突破した2名ずつがエントリーしていました。7つのポーズを3分間で披露するのですが、7つのうち5つは既定のポーズ、残り2つはオプショナルの84ポーズから選びます。
──ポーズの正確性や美しさが審査されるのですか?
審査の基準は柔軟性や筋力、バランス力、優美さなどで、すべてのポーズは脚や腕など細かいところまで角度や静止時間など定められたルールが決まっています。また、無音の状態で演技するのですが、「3分」という時間は体内時計で計らなければいけないんです。
──頭でタイムを計りながら演技をする? 難しそうですね。
頭というより呼吸とアーサナの動きを連動させて行います。3分にどれだけ近づけられるかもジャッジの決め手になります。私が優勝したときはほぼ3分ジャストでした。面白いのが、観客には電光掲示板で時間が示されるんですね。「あと3秒で終わっちゃう!」など、見ているほうはドキドキ、ハラハラなんです。
──エンタテインメントとしても楽しめる大会なんですね。でも、演じる側はすごく緊張しそう。
新体操も同じジャッジの世界ですが、どれだけ高度な技ができるかとか、手具をノーミスで扱えるかという審査基準ですよね。ヨガの大会はまた少し違って、呼吸とともに内側に働きかけるというか。時間をコントロールすることも必須で、何百人が見守るなか、一人でステージに立つと、やっぱり緊張でプルプルしたり、バランスが崩れてグラグラしがちです。そこを踏みとどまって、どんな状況でも乱れぬ心と体でいることが大事ですし、そうした緊張感を味わうのも楽しみの一つだったりします。
──バックステージはかなりピリピリしたムードなのですか?
それが、選手はみんな敵も味方もなくて、そこもスポーツの大会とは違うところかもしれません。私はコーチがいなかったのですが、他の国の選手やコーチが教えてくれました。ライバルという感覚ではなくてみんなで盛り上げていく、競うものではなくお互いをたたえ合う。そんな雰囲気の中で鍛錬してきたアーサナを披露するという感じでした。
──大会とはいえ、とてもアットホームなんですね。
そうなんです。「ヨガは人と比べるものではない」という前提のもとで行われています。大会に関しては賛否両論の部分もありますが、アーサナの勉強にもなりますし、本当に見ているだけでも面白いんです。無音の状態が終わると、みんながスタンディングオベーションをしてくれて、それも感動的でした。優勝した当時は「優勝の決め手は?」とか「誰にも負けない部分は?」と聞かれたのですが、そのたびに「スポーツではないから勝ち負けとは違うんですよ」とお話していました。今振り返ると、私が一番楽しめたから優勝できたのかもしれない。そう思えるほど、楽しく有意義な時間でした。
●自分らしく、楽しく生きると生活が、人生が豊かになる
──先ほどいくつかのアーサナを見せていただきましたが、息を飲むほど美しい瞬間が何度もありました。
ありがとうございます。音楽と一緒にデモンストレーションをやったりすると、感動して涙を流してくださる方もいます。決して綺麗にやろうと意識しているわけではなく、正しくやると綺麗に見えるんだと思います。たとえば筋肉を今、どういう方向性で動かしているかなど、解剖学的にも体の動かし方というのがあるんですね。腕を伸ばすにしても、ただ伸ばすのと、床と平行に肩甲骨の延長線で伸ばすのとは見え方が全く違ってきますし。
──難易度の高いアーサナは、日ごろから練習しているのですか。
いえ、ふだんはほとんど基礎だけですね。アドバンスのアーサナは、一度できるようになると体がそれを覚えています。例えば、三輪車から自転車に乗り替えるとき、最初はなかなかできないけれど、一度自転車に乗れてしまうと、あとはずっと乗れますよね。それと近いかもしれません。全て基礎が大事です。
──美しいアーサナを取りたいという人にアドバイスするとしたら?
ヨガのアーサナには「静止の時間」というのがあるんですね。そのときに、どこが自分の今の最終形なのか、そこに向き合っていただければと思います。決して無理をする必要はないし、難しいポーズを完璧にできたからといって、それが最終形ではない。私にしても、まだまだ最終形というのはないですし、その時々で変わるものだとも思うんですね。アーサナは美しくやるものではなく、呼吸とともに心地よく正しいアプローチができれば、美しくなるのではないでしょうか。難易度は関係なく、己を知ることから始めると見えてくるものがあると思います。
──最終形は日々変わってもいい?
「ライフスタイルに合わせてアーサナと向き合う」と言い換えてもいいかもしれません。私の場合、妊娠中はお腹を圧迫するアーサナを含めてまったくやっていないアーサナもありましたし、産後もアーサナのチョイスが変わってきました。ヨ
ガをライフスタイルにするのではなく、ライフスタイルの中に自然に、楽しく、無理なくヨガを取り入れて自分という存在を受け入れてあげるのが一番だと思います。
──三和さんも無理せずヨガと向き合っている?
もちろんです。ちょこちょこお菓子をつまんだりして、全然ヨギーじゃないんです(笑)。でも、菜食主義じゃなきゃいけないとか、食事に限らず「ヨガをやっているからにはこのポーズができなきゃ駄目なんじゃないか」と思う必要はまったくないと思います。ポーズなんかできなくていい。それはどんなアーサナも同じです。まずは自分ができるものをやって、そのときに「左右差がないかな?」とか「今の心の状態は?」と考えたり、自分で整えてあげたりすることが大事だと思います。
──体と対話することから、すでにヨガが始まっている?
その通りだと思います。例えば「今日は人に優しくできたな」と思えることも、全てヨガの精神に通じると思いますし、そういう部分のほうがむしろアーサナより大事。
──お話を伺って、少し気持ちが楽になった気がします。
自分らしく、楽しくできるものがあればいい。それがヨガの人もいれば、ダンスやジムワークの人もいる。体を動かすのが苦手な人は、海を見ているだけでも気持ちが整ったりすることもありますよね。もちろん、それが仕事でもいい。一人ひとりが自分らしく、生き生きと過ごせるものがあれば、生活が、人生が豊かになると思います。考えたら「楽しいな」と思うときって、人と比べることもなければ気を張ることもないですもんね。
──ヨガを始められてすぐに、そうした気づきがあったのですか?
いえ、最初はただ夢中で、慣れてくると次第に体や心と向き合えるようになってきた感じです。だから、焦る必要はまったくないんですよね。私はヨガを始めて15 年ほど。ということは、人の成長でいうとまだ中学生、高校生くらい。そう考えると「まだまだ、これからじゃん」と(笑)。アーサナも、例えばどこで自分が今、静止できる状態なのか。もう一歩先に進んでみて、まだだなと思ったら戻ればいい。新たな自分を探しにいって、まだそこまで到達していなかったら戻っていいと思う
んですよ。人生は戻れなくても、アーサナをコントロールする自分はいつでも戻れるので安心してください。
──「人生は戻れない。でもアーサナをする自分はいつでも戻れる」。素敵で心強い言葉です。
昨日できなかったことが今日できることもある。でも、逆もあるんです。今日できたことが明日できなくなることも。女性は特に毎月のバイオリズムもありますし、産前産後でも体が変わったりするので。
──状況や状態に合わせて、その時々のヨガを楽しめばいい。
とは言いながら、イベントでは参加者の皆さんにちょっとストイックなこともしていただいたりして(笑)。もちろん安全第一ですが、せっかくなので家ではできないことにチャレンジしてみましょうと。そうすると「先生、できた!」という声をたくさんいただいたりもして。
──自分にとってちょっとハードルの高い動きやアーサナができたときって、すごくうれしいですよね。
「可能性は無限大」という言葉を、私はよく使うんです。小さいころは何にでもなれると思っていましたよね。でも、それはいくつになっても変わらないと思うんです。80歳を過ぎてからヨガを始めた生徒さんもいますが、挑戦する楽しさや「できた!」という感動、うれしさに年齢は関係ありません。「体が硬いからヨガは無理」という方はたくさんいらっしゃいますが、「いえいえ、硬いからこそやりましょう! 年齢やスタートする時期は関係ないです」というお話をいつもさせていただくんですよ。やってみたい!と思ったときが何かが動き出すタイミング、その好奇心や原動力を大切にしたいです。
----三和由香利さん----
ヨガコーディネーター。25歳で渡米後、ホットヨガを体験したことからヨガの世界に。2006年から指導を始め、07年より5年連続でヨガ世界大会「International YogaAsana Championship」に出場、11年に世界チャンピオンとなる。ヨガの魅力を多面的に伝えるべく、イベントやテレビ、雑誌などに多数登場。ピラティスインストラクターとしても活動するほか、コリオグラファー(振付師)としてCMや写真撮影にも関わる。著書に『世界一かんたんに体がやわらかくなるヨガDVD BOOK』『血流たっぷり!どこでもヨガ』(ともに宝島社)、『さかだちエクササイズ』(飛鳥新社)
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取材・文_藤村幸代
撮影_AP,inc
写真提供_三和由香利、©ROXY
ヘアメイク_橋本京子
(Yoga&Fitness vol.04掲載)
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