東京五輪決勝。決めたら勝ち、決められたら負けのゴールデンスコア方式による延長戦で、内から吹きこぼれるようなしぶとさを見せ、得意の大内刈りで一本勝ちを決めてみせた。来たるパリ2024オリンピックで前人未到の「男子100㎏級五輪連覇」を目指すウルフアロンに、長引くほど強さを増す〝ウルフタイム〟のルーツ、そして〝ウルフマインド〟とも言える勝利への思考法を聞いた。
取材・文:藤村幸代 撮影:中原義史 取材協力:トレーニングセンターサンプレイ
あっさり負けることも
多かった高校時代
サンプレイの門を叩く
――筋力トレーニングを行っているサンプレイには、もうずいぶん長く通われているそうですね。
ウルフ 高校2年生の終わりからなので10年以上ですね。1年上のベイカー(茉秋・リオ五輪90㎏級金メダリスト)選手が通っていたことがきっかけです。
――東海大浦安高校時代は共に団体戦のメンバーとして高校3冠(金鷲旗、インターハイ、高校選手権)も果たしています。ベイカー選手からサンプレイについてどのような話を?
ウルフ 話を聞いていたというより、ベイカー選手が高校に入ってからかなり柔道の競技力が上がったので、何をしていたのかなと見ていたら、サンプレイに通っていると。それで、自分も行ってみようと思いました。
――当時のトレーニングで、特に効果を感じた種目はありますか。
ウルフ 当時は試合をしたときにけっこうあっさり負けてしまったりして、粘り強さを発揮できないことが多かったんですね。それもあってサンプレイに通い始めたので、最初に効果を感じたのはベンチステップですね。大きめの台の上に右足から上がって右足から下りる。それを50回やったら次は左足という種目ですが、下半身の筋力量向上というよりも、下半身の粘り強さみたいなところがけっこう伸びたと思います。
――IRONMAN2024年2月号で柔道男子73㎏級日本代表の橋本壮市選手にもインタビューしていますが、橋本選手は最初に技術を磨き、後から筋力でさらに競技成績を上げていきました。ウルフ選手は逆に、早い時期に筋力を上げてから技術を付けたという流れですね。
ウルフ 橋本選手はもともとの技術力がすごく高いところにあったので、ある程度のところまで行ってからプラスアルファで筋力をつけていったんだと思います。僕の場合は、もともと持っている技術ではあまり勝てなかったので、先に筋力で身体の土台を作っていったという順番ですね。
――だとすると、競技練習中心で伸び悩んでいる人は、筋力を上げていく方向に目を向けるのも有効ですか。
ウルフ 一つの突破口としてはありだと思います。ただ、今使っているのが柔軟性の必要な技だった場合、筋力を付けることで技が硬くなってしまう人もいるんですよ。そういう人は柔軟性を損なわないような、柔らかく筋肉を使う筋トレを選択するとか。やっぱり、筋トレを自分の競技や自分のスタイルに、いかに転嫁できるかが大事で、その間に溝がある状態だと競技としてのレベルが下がってしまうこともある。その意味では、筋トレは一つの突破口ではあるけど、諸刃の剣的な部分もあるということを認識したほうがいいかもしれないですね。
延長戦にこそ強い
〝ウルフタイム〟を
培った場所
――最初に効果を実感できたというベンチステップに関してですが、負荷はかけていましたか。
ウルフ 自重で始めて、慣れてきたらボールを持ったり20㎏のベストを着たり、ちょっとずつ負荷をかけるようにしました。ダンベルやバーを担ぐやり方もありますが、どうしても硬い力になってしまうので、できるだけ重心がぶれるようなボールやベスト着用でやっていました。柔道は相手が人間だから、常に重心を捉えにくいなかで戦うので。
――今回見せていただいたトレーニングでも、不安定なバランスボードの上でスクワットやランジを行っていましたね。
ウルフ あれも完全に試合での重心のぶれをイメージしてやっていますね。結局、僕たち柔道選手がトレーニングをする一番の理由は、柔道の競技力を向上させるためなので、〝トレーニングのためのトレーニング〟にならないように、自分の柔道スタイルにとってどういうトレーニングがいいのかを考えながらやっていかないといけない。僕の場合は、やはり「粘り強さ」が持ち味でもありますし、それを発揮する上でもバランスが重要になってくるんです。
――試合でトレーニングの成果を実感できるようになってきたのはいつぐらいからですか。
ウルフ やり始めてすぐに実感できたところもありました。特に、試合でゴールデンスコア(GS)に入るなど、試合時間が長くなればなるほど粘り強さが出るようになってきましたし、それが実感できることによって自信にもつながっていきましたね。
――東京オリンピックの決勝もまさにGSの末に得意の大内刈りで一本勝ち。延長戦での無類の強さは〝ウルフタイム〟と話題になりましたが、その一助にサンプレイの存在も?
ウルフ そうですね。そこに関しては逆にサンプレイなしには語れないと思います。決して中村(定雄チーフ)トレーナーを喜ばせたいわけではなく(笑)。
勝ちたい相手に
勝つべきタイミングを
いつも考えている
――アスリートにとっては狙った大会や試合に向けてのピーキングも、結果を出すために重要だと思います。ウルフ選手は膝の負傷などもありましたが、東京オリンピックにしっかりピークを合わせることができましたか。
ウルフ 勝つことができたから、成功したということになるとは思いますが、ピークに合わせられたぞというより、終わってみたら調子が良かったなという感じでした。こうしなきゃピークに持っていけないと決めすぎたり、考えすぎたりするタイプではないので。
――中村トレーナーは「知っている選手のなかで一番考えているうちの一人」と言っていましたが。
ウルフ 考えるからこそ選択肢を多く持っておくという感じでしょうか。みんな一度決めたらそこにこだわりがちだけど、僕の場合はある程度大雑把な太い道があれば、ちょっとぐらい逸れても前には進んでいけるという考え方です。逆に、決めすぎることが自分にとってのストレスになってしまうようなところはありますし、もしそういうタイプの選手だったら、オリンピックが1年延期になった時点で潰れていたと思います。
――中村トレーナーはウルフ選手について「他の選手がもう1週間しかないと言うところを、あと1週間あると考えられる」「試合で負け続けても、自分が勝ちたい試合にだけ勝てればいい」といったマインドが最大の強みとも評していました。
ウルフ たしかに、試合前だからといって焦って詰め込んだりはしないですね。練習でやった以上のことは試合では出せないので、慌てて準備してもあまり意味がないというか。プラス、やっぱり大事なところで勝つことが一番大事なので、勝ちたい相手に勝つべきタイミングも考えています。とはいえ、けっこう大まかだったからこそ、今回もギリギリになってやっと(五輪代表に)決まった感じではあったんですけど。
トレーニングを
競技に活かすには
常に思考し続けること
――パリ五輪前の最後の国際大会で優勝、男女14階級のうち最後の代表内定ながら、しっかり出場を決めました。お話を伺っていると、柔軟な思考や取り組みがウルフ選手の強みだと感じます。
ウルフ たしかにそうですね。視野が狭くなるのが僕は一番嫌なので、常に視野は広く持っておきながら行動や判断をしています。
――10代の柔道選手たちにアドバイスを送るとしたら、やはり「視野を広く持て」と?
ウルフ 視野を狭くやったほうが強くなる選手もいるので一概には言えませんが、一つの考えで自分を追い込みすぎないというところは大事かなと思います。10代のうちはトライとエラーを重ねていくことが大事だと思うので、自分がやったほうがいいなと思ったことは率先してやったほうがいい。
――ウルフ選手が高校2年でサンプレイに行ったのも「トライ」の一つだったんですね。
ウルフ 自分はむしろビビッてやらないほうが怖いと思うタイプなんです。怖いなと思っても思い切ってやってみて、その結果でまた自分の考え方が変わってくると思うので。そして、その経験を通して自分なりのやり方を見つけることが一番大事だと思いますね。
――10代に向けて、トレーニングに関するアドバイスもぜひ。
ウルフ それも結局、自分のやり方を見つけてほしいというだけかもしれません。柔道って、もちろん基礎の部分では決まっていることもあるけど、本当に人によって柔道スタイルもさまざまですし、強みも全然違うので、自分の柔道とつなげることを忘れないでほしいなと。自分がこのトレーニングをするのは、柔道のどこを強化するためか。それをちゃんと説明できるようなトレーニングをするように心がけてほしい。そのほうが、確実にトレーニングを競技につなぎやすくなるので、常に思考を止めないでほしいなと思いますね。
――やはり考える人ほど強い?
ウルフ 考えない強さもあるような気がしますけど、僕は考えながらじゃないとやれないタイプなので。何かを目指したい、こうなりたいという自分がいるなら、やっぱり考える人のほうがそこに対しての近道にはなると思うので、日々自分の些細な変化を見逃さずにいたいなとは思いますね。
「やり切った」
東京五輪
その先に見えてきたもの
――パリオリンピックが迫っています。東京の後はモチベーションが落ちた時期もあったと聞いていますが。
ウルフ 目標としていた優勝を果たしてしまっているので、そこからまた同じ気持ちでもう1回というふうに、僕はなれなかったですね。あそこで燃え尽きることができるようにやってきたわけですから。だから燃え尽き症候群というより「やり切った」という感じではありました。そこからまた3年後のパリを目指すにあたり、同じ気持ちでやれるのかと考えたときに、そういう向き合い方はできないと思ったので、柔道を楽しむではないですけど、「もう夢は叶ったけど、まだ行けそうだしやってやろう!」という気持ちです。
――東京のときとはまた違うメンタリティで臨む2度目のオリンピックになりますね。
ウルフ もちろん、練習に関しては変わらず追い込んでいますが、気持ちの面でいえば東京のときは、どちらかというと柔道に対してすごく近い向き合い方をしていたところがありました。でも、今は大きく全体を見渡しながらやれている。その部分では、いいメンタルで臨めている気がします。
――最後に、現時点で取り組んでいることや現在の心境などをお聞かせください。
ウルフ まず、スタミナに関しては伸ばせるところまで伸ばしておくことと、技術面でも組み手など、もっと緻密な相手の研究をしていきながら、筋力面でもさらにしっかりと土台を作っておく。「これで準備完了」というのは、僕はないと思っているので、2連覇できるという重みを背負いながら、限られた期間でできることをしっかりやってオリンピックに臨みたいと思います。
執筆者:藤村幸代
スポーツとカラダづくりを中心にカルチャー、ライフ、教育など多分野で執筆、書籍構成・プロデュースを行っている。神奈川県横須賀市出身、三浦市在住