【特別寄稿】米子市にボクシングジムがなければ、入江聖奈選手は、金メダルを獲れただろうか?

新著『自治体元気印のレシピ』を発売した松浪健四郎氏(日本体育大学理事長)が、スポーツ、格闘技を通じての地方活性化を提唱する。格闘技も自治体と一体となって振興に取り組めば、地方の活性化に繋がるのではないか̶̶。日本の文化である武道、格闘技の可能性は私たちの想像以上にあるのかもしれない。
取材・文:松浪健四郎

動機づけ

どんな名アスリートでも、その競技を始めた際、何らかの理由がある。教育学的には「動機づけ」というが、このきっかけが大切である。家庭環境や社会環境、学校環境など人によるが、幼児が、小学生、生徒が、何に興味を持つかによって取り組む競技が異なる。 もし、その社会に様ざまな仕掛けがあって、児童や青少年が興味を持ち、取り組むようになれば、競技人口を増加させることができる。地域社会に、そのことを理解することのできる指導者や政治家が存在すれば、スポーツの盛んな町を創ることができる。文化面の普及にしてもしかり、リーダーの発想や実行力が地域を、自治体を元気にしてくれる。「動機づけ」を容易にできる環境を整える必要がある。 今年の東京オリンピックで女子ボクシングの金メダル第一号となった入江聖奈(日体大)選手は、母親の愛読マンガ『がんばれ元気』(小山ゆう著)の主人公である堀口元気に憧れてボクシングに興味を持つ。そこで両親が鳥取県米子市のシュガーナックルジムに入門させた。小学2年生だったという。このジムが米子市になければ、金メダル第一号は誕生しなかったのだ。偏見を持たず、女の子にボクシングをさせようと考えた両親の思考にも賛意を贈るしかない。当時、女子のボクシングはオリンピック種目ではなかった。家庭環境が、金メダルを輩出した好例だ。

町の活性化

バスケットボールで有名にした秋田県能代市、ハンドボールの富山県氷見市、野球の徳島県阿南市などは、町ぐるみで中学、高校チームの強化に乗り出し、全国的に知られるようになった。ソフトボールや合気道らにも力を入れる自治体もある。春、夏、冬の休みには各チームを全国から招いて合宿、自治体も協力して強化策を練るが、その自治体の活性化に大きく寄与している。自治体のリーダーの感性や創造力によっては、スポーツの振興と普及に影響する。 かつては、菅平(長野県)がラグビー合宿のメッカであった。が、近年では北海道の網走市が有力なラグビーチームを集めている。高度医療の設備をもつ病院があること。天然芝のラグビー場が多数あること。宿泊施設が整備されていること。これらを整えた網走市にラガーたちが集まるのは自明の理で、市役所内にラグビー合宿担当者もいる。チームは、練習相手も必要なため、人気が人気を呼び、多くの有力チームが集まる。これらのマネージメントは、地域社会の理解と協力および自治体の積極的な姿勢が求められる。 いかに町おこしをするか、スポーツを利用して活性化させる自治体を散見することができるが、住民の協力なくしては困難がともなう。自治体の議会や首長は、その地域の特性を活用して町おこしに結びつける政策が求められるが、住民を巻き込むアイデアが大切だ。哲学なき首長が君臨していると、文化全体の政策が推進せず、発展も期待できないであろう。

イランに学ぶ

松浪健四郎

イランを旅して感じるのは、どの町を訪れても「ズルハネ」があって、強い国民を作る装置があることだ。「ズル」とは「力」で「ハネ」は「家」、「力の家」がどの町や村にもあるのだから感心する。イランは歴史的にもレスリングとウエイトリフティングが強いのは、「ズルハネ」の効果であるといえる。  ウエイトトレーニング場が「ズルハネ」、三々五々、夕方になると老若男子が集う。この建造物は、住民たちが自分たちの手で作ったもので、運営も地域住民の手で行われている。しかも、古代ペルシャの時代から伝承されてきたトレーニングを、住民が一体になって取り組む。これは基礎体力を強化するにとどまらず、人々の健康維持・増進に役立っている。ペルシアン騎士道(パフレバーン)の一つで、国民性にも多大な影響を与えていた。 イランには、肥満体の男性が少ないうえに筋肉質の人たちの多さに圧倒される。日本人とは異なる身体観を持ち、「ズルハネ」での鍛錬が古代ギリシア神話のヘラクレスをモデルにしているかに映る。いつ闘いがあろうとも、勝利せねばならないというペルシアン騎士、現在でも国民たちがトレーニングを楽しんでいるのには感心させられる。 わが国にあっても、自治体によっては体育館の一角にトレーニング場を設置してもいるが、その施設は十分とはいいがたい。イランには、歴史上の英雄であるロスタムを目標に身体づくりに励む国民が多い。ヘラクレスとロスタムが重なり、美しい筋肉質の身体作りが全国に定着しているのに驚くしかないが、政府も各自治体も「ズルハネ」を当然ながら応援する。日本でも熱心にヘラクレス男性や筋肉の美しい女性を増加させるために取り組む自治体を出現させたいものだ。

町を変える

東京オリンピックで私たちを驚かせたのは、スケートボード(スケボー)日本選手団の活躍。13歳で金メダル、12歳で銀メダルを獲得したのだから、全国に自由にスケボーのできる施設があれば、さらに好成績を残せる。この施設には、あまり金を必要としないので、子供の遊び場感覚で設置して欲しい。ただ、自治体は、指導者が不在、危険性が高いという理由で、普及させようとしないかもしれぬが、ローラースケートと同様に扱うといいと思う。 自転車競技も盛んになっている。けれども、日本の自治体の道路ではサイクリングのためのコースが多くない。すでに自転車購入時に保険に入る義務をはたす自治体も増えているが、自転車事故もあなどれない。欧州では、家族で自転車を楽しむのは一般的だが、日本は高級自転車を製作する国でありながら、サイクリングを楽しむ習慣はまだまだ弱い。自動車優先の道路ばかりで、自転車のための道路が先進国としては極度に少ない国である。 政治が経済を最優先させ、人々の健康増進をあまり考慮しなかった。くわえて、遊びやスポーツを罪悪視する傾向に支配されてきた。人生100年時代、そのためには強い身体、免疫力のある身体を国民に要求せねばならないゆえ、スポーツの振興に本気で取り組む政治を期待したい。そのために町を変えて、スポーツ施設を数多く設置すべきである。 小さな日本とはいえ、全国にある自治体はそれぞれの特徴を持つ。その特徴を生かして自治体の魅力を強化して欲しい。可能ならば、強い身体、美しい身体をもつ住民を創るために最大限努力する自治体であるべきだ。人々の幸福は、未病を予防して長寿をまっとうすること。そのために自治体は改革を急ぐべきだ。


Kenshiro Matsunami
1946年10月14日生まれ(74歳)。大阪府出身。日本体育大学在学中の1967年、全日本学生レスリング選手権優勝。米東ミシガン大学留学中の1969年全米レスリング選手権優勝。日本大学大学院を経て、アフガニスタン国立カブール大に3年間赴任。1979年より専修大に勤務し、1988年教授となる。1996年衆議院議院に初当選。外務政務官、文部科学副大臣などを歴任し3期務める。2011年より日本体育大学理事長

【Information】
松浪健四郎著 『自治体元気印のレシピ』
あなたの街が、住みやすく楽しくなる。松浪流、地方創生&再生への提言175項目!
定価:1,980 円(税込)
発行:体育とスポーツ出版社
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