7月12日(日)に開催されるRISE初のテレビマッチ『Cygames presents RISE on ABEMA』で、RISE世界フェザー級王者・那須川天心(21=TARGET/ Cygames)と対戦するシュートボクシング日本フェザー級1位の笠原友希(19=シーザージム)は、長身を利したパンチやミドルを武器にする期待の若手。兄の弘希はシュートボクシング2階級制覇という、いわば最強兄弟。この2人を幼少期から育てたタイ人コーチ・ダムさんを交えたインタビューで2人の選手像を探ってみた。(2019年10月取材)
“名伯楽に訊く最強兄弟の可能性 笠原弘希&友希+ダムトレーナー”
シュートボクシングの笠原兄弟が今熱い!
兄・弘希は9月28日(土)東京・後楽園ホールで開催された『SHOOT BOXING 2019 act.4』で“絶対王者”深田一樹を1RKOし二階級制覇に成功。弟・友希は飛び抜けた身体能力で、6月には世界二冠王・小笠原瑛作を3RTKOで下し、9月にはタイ人を撃破し勢いは止まらない。シーザージムの名伯楽、タイ人のダムさんを交えて兄弟の可能性を訊いた。
文:安村 発 写真:吉場正和
※この記事は「Fight&Life(Vol.75)」に掲載したものです。
──まずは、ダムさんのこれまでの簡単な経歴を教えて下さい。
ダム「元々はタイのポープラムックジムにいて、のちにK─1 MAX&S─cupチャンピオンになるブアカーオのトレーナーをやっていました。13年前にブアカーオがK─1に出ていた時にブアカーオの煽り映像で私のことを見つけた森谷吉博さん(元SBスーパーバンタム級王者、現SB協会統括本部長)が日本からジムに来て『日本でトレーナーをやりませんか?』と声をかけてくれました。最初は3カ月間のお試し期間で、もしその期間内でシーザージム側が私のことを気にいらなければタイに帰らないといけなかったんです。その3カ月の間に日本人のファイトスタイルについてビデオを見てすごく研究しました。ムエタイスタイルだとゆっくりしたリズムで攻撃するけれど、シーザージムの選手は最初から連続で攻撃する選手が多いです。3カ月後にシーザー武志会長からOKのお返事をいただき、今日に至ります」
──ダムさんと最初に会った時のことは覚えてますか?
弘希「自分は小学4年で、友希は小学2年の時でした。ダムさんはプロ選手を指導していて、キッズクラスにいた僕たちを指導していたのは宍戸大樹さん(元SB東洋太平洋ウェルター級王者)や梅野孝明さん(元SB日本スーパーウェルター級王者)でした。当時、ダムさんとは全く接したことはありませんでしたが、ミットで選手たちを叩いてしごいている姿を見ていてすごく怖かったです。1年後にプロ練へ参加するようになったのでミットを持っていただくことができました」
ダム「最初、笠原兄弟を見た時に練習を怠らないで真面目に頑張っていたので、私が教えたらもっと上達するなと。実際に指導するようになり、私が怒って叩いても練習を続けるんです。普通の子だったらすぐに辞めてしまうけれど、私のスパルタ指導にも耐えていました。彼らのお父さん、お母さんから『もし二人が弱音を吐くような時があれば、ひっぱ叩いてもいいから厳しく指導して下さい』と言われていたので、私は容赦なくやっていました(笑)」
──指導を受けてどうでした?
弘希「今でもそうなんですが、覚えられないぐらいのテクニックを教えてくれるので当時から尊敬していました」
──兄弟の素質はどうでした?
ダム「最初見たときは上手いというより、凄く頑張っていたのでこの二人にすごく期待しました。スタイルは違うけど、弘希はハートが強く、友希はスピードがあります」
──ちなみに日本人の父、タイ人の母を持つ笠原兄弟ですが、タイ語での会話は問題ないですか?
弘希「すごく難しい会話はできないのですが、日常会話程度だったら聞くことはでき、少しだけ話せます。友希よりも僕の方ができると思います。小さい頃、親の仕事の関係でタイに一緒に行くことが多く自然に覚えていったんでしょうね」
──ハーフは一般的に身体能力が高いといいますが、そう感じることはあります?
弘希「僕は生まれつき内反足(生まれた時から足全体が内向きで、足首が硬く、正常な形に戻せない病気)という病気でずっとギブスをはめてましたが治らなったので2歳の時に足が真っすぐになる矯正手術をして6歳まで歩くことが困難だったんです。シーザージムで足を鍛えることで今は何不自由なく動くことができますが、身体能力が人より優れているとは思いません」
友希「自分はめちゃいいと思います(笑)。小学生の頃から足が速く、台東区の学校が集まる運動会の50M走で一番だったり、歴代のタイ記録を出したりしていました」
ダム「二人は普通に運動能力が高い。小さい子に教えても聞いてくれませんが、私の言うことをよく聞いてくれていたので教えがいがありました」
──日本人トレーナーではなく、タイ人トレーナーに指導してもらう利点はどこにありますか?
弘希「SBの試合でも活かせるように、蹴り方1つにしてもキックとは違うムエタイの蹴り方を教えていただけます」
友希「日本人と対戦する時、ダムさんが指示しているタイ語を相手に聞き取られないので、自分の技をより多く当てられます。ちなみに小さい頃、自分たちで率先してタイ語を覚えていかないとダムさんの指示が無駄に終わってしまうので、パンチ、蹴りといった単語から覚えていくようにしました」
──今までにダムさんから誉められた試合、ダメ出しされた試合はありますか?
弘希「17年11月の深田一樹選手との初戦は延長戦の末に負けてしまい、めちゃくちゃ怒られました。『なぜ若いのにスタミナを切らしているの? 延長戦では押されて相手の方が手数が多いのはなぜ!? ハートが弱いし、教えたことが何も出ていない! 蹴りの攻防で何で転んでるんだ!?』と怒られながら頭を叩かれました」
友希 6月に小笠原瑛作選手に勝った試合は褒めらて、昨年4月の竹野元稀戦ではダメ出しされました。竹野戦では『攻撃が大きいからスタミナが切れるんだ! なぜ勝てるのにいかないんだ? ここで気持ちが折れたら負けるぞ』と怒られましたね」
ダム「こっちの言うことを聞いてくれないことでイライラは募ります。私は彼らを負けさせたくないから当然強く言いますよ」
──9月のタイトルマッチでは深田選手との再戦となり、見事な右フックを当て2RKO勝ちでした。
ダム「厳しい相手でしたが、本人はすごく頑張った試合でした。毎日、右のオーバーハンドのフックを練習していて、試合ではタイミングもバッチリでした。弘希が蹴りで勝負してくると深田陣営は予想していたので、こっちはその裏をかいてパンチで勝負を仕掛けにいったことでKO勝ちすることができたんです。友希もタイ人相手に判定で勝つことはできましたが、実はあの試合の2週間前に風邪をひいて万全な状態ではありませんでした。なかなか練習もできない状況の中での試合だったので仕方ないですね」
友希「倒せなかったこと、風邪をひいてしまったのは自分のせいなので内緒にしておきました。試合では身体が思うように動かず辛かったのですが、勝てて良かったです」
──ダムさんは対戦相手のことをどのように研究していますか?
ダム「私はYouTubeで映像を探して相手の強い攻撃、ウィークポイントを把握しながら、どう対応すべきかをムエタイテクニックを使って反復練習させます」
──ダムさんはお酒を飲んでいるだけじゃないんですね。今後、二人にはどういうことを期待しますか?
ダム「ベルトをたくさん獲って、笠原といえば誰もが知っている有名な選手になって欲しいですね。そして笠原兄弟が有名になると同時にSBも盛り上がって欲しいです」
弘希「現在、海人選手がエースとしてSBを引っ張っています。僕も海人選手と並ぶような器になって、メインをはれるような選手になりたいと思います」
友希「僕はもう一度タイトルマッチをやらせていただきたいですね。SBを引っ張っていけるような存在になるように強い選手と戦っていきたいのですが、まずはベルトを持っていないと始まりません」
──こういう機会だからこそダムさんにメッセージはありますか?
弘希「10年間も教えていただいて自分たちにとっては欠かせない存在であり、ダムさんがいなかったら今の自分はいなかったと思います。トレーナーとして長くいてもらいたいので身体に気を付けてもらいたいと思います」
友希「選手の面倒を見ながら教えていただけるので、すごく感謝しています。ダムさんがいたからこそ結果を残せているのでさらにいい結果を残して恩返ししたいです」
ダム「シーザー武志会長からも『ダムは死んでも大丈夫だけど、残された生徒たちはかわいそうでしょう。お酒は飲み過ぎないように』と言われたばかりでした」
──では今日から禁酒で!
ダム「それは難しいことです! あははは」
Hiroki Kasahara
1999年8月10日、東京都出身
身長174㎝、体重60.0kg
第15代SB日本スーパーフェザー級王者
第4代SB日本フェザー級王者
戦績:20戦20勝(8KO)4敗
シーザージム所属
Yuki Kasahara
2001年6月3日、東京都出身
身長174㎝、体重55.0kg
SB日本フェザー級1位
戦績:16戦15勝(7KO)1敗
シーザージム所属
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