「プロテインをドロドロの状態で飲んで いました」2足の草鞋で勝負する筋肉女子アスリート

2014年にデビューした矢野かずみ。今ではボディフィットネスに加え、女子フィジークにも足を踏み入れている注目選手だ。昨年は女子日本フィジーク選手権で前大会と同じ6位に終わったが、表彰台への階段は近い。以前も矢野を取材しているが、今一度その素顔に迫る。

取材・文・撮影:編集部 大会写真:中島康介

「2カテゴリーでメダルを獲りたい」

――最初はベストボディ・ジャパンに出場されていましたね?
矢野 2014年の東京大会が初めての大会になりました。きっかけとなったのが、私はMJDIVAというブランドと契約しているのですが、代表の方から大会への出場を勧められたことでした。当時からスタジオインストラクターをしていたこともあり、トレーニング自体はしていませんでしたが興味本位で真っ先に手を挙げて、出場を決意しました。
――当時はインストラクターとしてはどんなものを?
矢野 エアロビクスとヨガです。25歳くらいからやっていて、現在はゴールドジムさんでもやっています。また、パーソナルトレーナーとしても指導しています。
――エアロビクスをやっていたこともあって、減量は苦にはならなかったのでしょうか?
矢野 そうですね。仕事が常に有酸素運動でしたから。もともと太ってもいませんでしたし、絞りやすかったと思います。ただ、筋肉も細い華奢な感じでした。
――初大会はどんな結果に?
矢野 東京大会はレベルが全国的に見ても高かったですが、ファイナリストに入ることができました。そして、大してトレーニングもしていないのに、ファイナリストにもなれたので変な自信がついてしまって、ボディコンテストにハマっていったんです。その後、名古屋大会で準グランプリを獲得することができました。
――ボディビルには出ようと思わなかったのでしょうか。
矢野 当時はボディビルのことを知りませんでした。
――ベストボディ・ジャパンで結果を得ることができてから、トレーニングは変化は?
矢野 自己流にマシン中心でオーソドックスなものを適当に始めることからスタートしました。誰かにコーチをしていただくことはなかったです。でも、ポージングだけはMJDIVAのMANA(野田真奈)さんや麻生(弘文)さんに指導していただいておりました。
――本格的にウエイトトレーニングに取り組み始めたのはいつからでしょうか。
矢野 14年の11月にベストボディ・ジャパンのベストビキニに出場したのですが、その直前くらいからです。その後、ゴールドジムに入会しまして、さらに行う種目も増え、頻度も週5~6日に増えました。当時はあまり考えずに質より量でやっていました(笑)。
――インストラクター業と並行してトレーニングを行っていたのもあるかと思いますが、やはり当時から仕上がりが良いと感じます。
矢野 ベストボディ・ジャパンのときは、細くて仕上がっていることを考え、筋肉量は重視していなかったんです。ですがベストビキニでは、どちらかと言うとマッスル感がなければいけなかったので、仕上がりに加え筋肉量も増やしていきました。15年からは、JBBFでは創世記のころのフィットネスビキニに出場しました。「フィットネスビキニに一緒に出ない?」と友達から誘われたことがきっかけです。その辺りからゴールドジムに入会し、フィットネスビキニに向けさらにトレーニングを変化させていきました。体力作り的なトレーニングから競技志向のものに変わっていったかと思います(笑)。
――フィットネスビキニに転向したときに戸惑いなどはあったのでしょうか。
矢野 やっぱり、身体ができあがっている方が多くて、くびれがあり、脚や背中にしっかり筋肉がついている人が多いと思い、そこで違いを感じました。アウトラインの違いと言うと分かりやすいかもしれません。
――どんな食事をしていたのでしょうか。
矢野 プロテインをやたら飲んでいました(笑)。シェイカーの半分くらいまで粉を入れて、少ない水でドロドロの状態で飲んでいました(笑)。 「とりあえず筋肉量を増やさなきゃ!」という焦りみたいなものから、まずプロテインを飲むという感じだったんです。
――初めて出場されたフィットネスビキニは15年の4月に仙台で行われた、アジア大会の代表選考大会でした。
矢野 いきなり大きな大会でしたね。結果は158㎝以下級で4位でした。ただ、5人中4位で、優勝は三船麻里子さんで、2位が秋本明子さんというすごい人が上にいました。
――今ではボディフィットネスと女子フィジークの2カテゴリーに出場していますが、カテゴリーを変えた理由は何でしょうか?
矢野 私の身体がビキニじゃないと……。これは周りの方からも言われたことで、絞るのが得意で皮膚感が良いし、筋肉量もあったので、ボディフィットネスの方が良いよと。初めてのフィットネスビキニに出場したときに、ボディフィットネスのや女子フィジークの選手たちがいて、みんなムキムキで色も黒いし迫力もすごくて、「これは違う世界だ」と思っていました。15年にはオールジャパン選手権までフィットネスビキニでいくことができたのですが、初めて大会で予選落ちしたんです。順位は7位と、あと一歩でした。そのときに、ある男性から言われた一言で「ボディフィットネスに向いている」という言葉を思い出して、たいへんそうだけどやってみようかと思いました。そこがボディフィットネスに転向するきっかけとなりました。
 また、15年は健康美にも初出場したのですが、そのときは2位でした。1位は山田朝美さんで、とんでもない身体に差を感じました。その山田さんの影響もあって、身近にボディフィットネスを感じれるようになりました。周りの方々の影響は大きいと感じています。
――そのころから何か明確な目標はできたのでしょうか。
矢野 トレーニングが好きで、それをした分だけ結果が現れるのがボディフィットネスだと思いました。また、トップを狙うならボディフィットネスの方がチャンスがあると思ったので、そこで勝ちたいと思いました。
――16年はキングオブフィジークのフィットネスビキニでオーバーオール優勝しました。
矢野 15年のオールジャパン選手権で予選落ちして、このままでは負けて逃げるようになってしまうと思い、出場を決めました。そしたら優勝することができて良かったです。それで区切りをつけて、夏からボディフィットネスに出ると決めました。
――ボディフィットネスの初戦は?
矢野 16年の7月に行われた東京選手権でした。結果は158㎝以下級4位になりました。その後はジャパンオープン選手権にも出場して11位でした。
――ご自身の素質を感じたのでしょうか。
矢野 ポージング練習もそんなにしていなかったのに残ることができたので、やっぱり私はボディフィットネスだったんだ!と思いました。
――女子フィジークのデビューはいつだったのでしょうか。
矢野 17年の、オールジャパン選手権が終わった後に東日本選手権が行われたのですが、それが女子フィジークデビューでした。もともとボディフィットネスのポージング練習でも女子フィジークのポーズは取り組んでいて、健康美のポージングでも同じ形のもがあったので、一度女子フィジークに出てみようかと思い出たら東日本選手権で5位に入賞しました。自分では畑違いだと思っていましたが、フリーポーズもやることができて、残れたのは良かったです。
――女子フィジークの世界で感じたこととは。
矢野 フリーポーズについてですが、ボディフィットネスは好きでも女子フィジークに出られない方は、フリーポーズが苦手なのかと思います。私は健康美のときもそうでしたが、エアロビクスのインストラクターをやっていたこともあり、人前で動きのあるポージングをするのは抵抗がありませんでした。そして、自分をアピールできる時間も長いことが女子フィジークは良いのかなと思います。ボディフィットネスはクォーターターンが中心になるので、特にアウトラインが重要になります。女子フィジークは、その分見せ方が多いので、角度や向きの違いで自分のいいところをアピールできます。そういう意味でボディフィットネスとは違う楽しさを覚えました。
――矢野選手は、女子フィジークとボディフィットネスのどちらを主戦場と考えているのでしょうか。
矢野 これは決まっていて、コロナで世界ボディフィットネス選手権に行けなかったので、一度そこに行ってからボディフィットネスを終えたいと思っています。女子フィジークは、国内でやるには長くできると思うので、ボディフィットネスで区切りがついたら女子フィジーク一本にしたいと考えています。
――女子フィジークでの目標は?
矢野 日本の頂点ですね。でもすぐにではなくて、長い目で見た目標にしています。そのために今のトレーニングをしています。
――今日は谷野ジムにて谷野義弘さんのパーソナルを受けていました。
矢野 ケガをぜったいにしたくないんです。谷野さんの教え方は、ケガをしないように安全に、かつ筋肉を鍛えていく方法なので、私の求めているところにマッチしたんです。通い始めたのは20年の11月からで、そこから身体の調子も本当に良くなりました。
――身体の変化はどのように感じていますか?
矢野 まだ変化は出ていないと思います。というのも、昨年の夏前までは良かったんですが、夏に体調を崩したり、コロナの濃厚接触者になったりと、トレーニングができない期間が続きました。それでジャパンオープン選手権も出られず気持ちが切れてしまいました。東京選手権の女子フィジークも出られないと思っていました。そのこともあり、19年の仕上がりと昨年の仕上がりでは、19年の方が元気に感じました。また、昨年はトレーニングができない期間もあり、筋肉量が落ちてしまい仕上がり体重が減ってしまいました。仕方なかったんですけどね……。
 でも、谷野ジムに通う前までは、身体の柔軟性が悪く、身体が硬いままトレーニングに取り組んでいたのが、今では改善してきたので重量を扱うことができるようになってきました。以前スクワットをやっている動画を自分取ったのですが、身体がねじれた状態で動作をしていました。これはケガするだろうと思っていたんです。それが今では、全ての種目を修正、改善してきているので、そこが良くなってきているかと思います。
――谷野さんに、手首を固定された状態でスミスマシンベンチプレスをやっていました。
矢野 それは、谷野さんに軌道を安定させてもらうためにやっていただいています。負荷が乗る軌道を谷野さんがナビしてくれているんです。それがないとおかしな軌道や動作になってしまうんです。本当に数㎝のズレだと思うんですが、そこで違いを感じますし、自主トレでも意識できるようになりました。
――今、矢野選手が感じる課題点とは。
矢野 脚ですね……。女子フィジークでは特に必要です。少しずつ改善できているとは思いますが、外側広筋や、殿部の張り出しが弱いと言われているので、改善していきたいと考えています。
――逆に良いポイントとは?
矢野 肩だと思います。ボディフィットネスでも、背中の広がりを含めた肩の発達を評価していただけていると思います。また、肩や胸のトレーニングも好きで、体重の割に重いものを挙げられます。
――谷野さんが、「26㎏でダンベルフライは普通やらないよ」と言っていました(笑)。
矢野 あれは、谷野さんがいてくれるからできるものです(笑)。重い重量でやるのは、筋肉を大きくしたいからに尽きます。でもそれは谷野さんが導いてくれる正しいフォームがあってのことだと思います。


やの・かずみ
1971年4月10日生まれ(51歳)、東京都出身。身長156㎝、体重46㎏(オン)51㎏(オフ)。もともとプロゴルファーを目指し。20代のころに渡米。その後、フィットネスの道へ転身し現在に至る。2014年にベストボディ・ジャパンでコンテストデビューし、2016年にJBBF選手としてフィットネスビキニデビュー。18年にボディフィットネスへ転向し、女子フィジークも始める。
主な戦績:
2016年キングオブフィジークフィットネスビキニオーバーオール優勝、ミス21健康美オーバーオール優勝
2018年東日本女子フィジーク選手権オーバーオール優勝、オールジャパン選手権ボディフィットネス158㎝以下級優勝
2019年オールジャパン選手権ボディフィットネス45歳以上160cm以下級優勝、グランドチャンピオンシップスボディフィットネス3位、女子日本フィジーク選手権6位、アジアボディフィットネス163㎝以下級3位、ボディフィットネスマスターズ2位
2021年オールジャパン選手権ボディフィットネス45歳以上160㎝以下級2位、グランドチャンピオンシップスボディフィットネス5位、女子日本フィジーク選手権6位

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