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筋肉の成長に「環境」が重要だとボディビルミスター日本田代誠は語る

ベンチプレスのメインセットは167.5kg でマックスが195kg。かつてはメディアで「力をつけていくことしか考えていない」「力がつけば、筋肉がつく」と発言していた田代誠選手。今もフリーウエイトを追求し続けている田代選手が考える、高重量トレーニングの意義と意味とは。そして環境の重要性とは何なのか。

取材:藤本かずまさ 撮影:岡部みつる

様々な意味での環境の重要性

――トレーニングにおいて、重量を持つことの意味についてはどのようにお考えでしょうか。
田代 まず、筋肉に効かせることができるようになったとか、トレーニングが上達したから重い重量でやらなくても大丈夫、そういう言い方をされるケースがよくあります。はっきりいってその言葉の意味が私にはよく分かりません。
――「効かせ方がうまくなった」とよく言われます。
田代 その「効かせ方がうまくなった」というのは、ただの感覚に過ぎないのではないでしょうか。効かせ方がうまくなったら筋量がアップするという風潮があると思うのですが、そもそもそれは本当なのですか、と疑問に思っています。
――確かに、何をもって筋量がアップしたと判断するのか、難しい部分があります。
田代 私は「感覚」で効果があるかどうかを計りたくはありません。逆にシンプルに考えると、「数字」はウソをつきません。トレーニングにおける明確な指標は、同じフォームで、どれだけ重たいものをどれだけの回数挙げられるか、ということだけなんです。
――使用重量とレップ数が筋量の指標になると。
田代 ベンチプレスだったら、フォームを固めて、バーを胸につけて、肘がロックするまで挙げる。この単純な動きが100kgで10回できたとします。これが120kgで10回ができるようになったとき、技術力が変わっていなければ、必ずどこかの筋力が上がっているはずなんです。
――ただ、単純に重量を追い求めていくと、強い部位は発達し、弱い部位の発達は遅れるという現象は生じないでしょうか。
田代 ないと思います。基本的に「重量を追い求めている人」が実践している種目は、もちろんマシンで実現しようとする方もいますが、ベンチプレスやデッドリフト、スクワットなどのフリーウエイトの複合関節種目がほとんどです。ベンチプレスはどこを鍛える種目かと言えば、胸はもちろんですが肩も腕も脚も使います。高重量を持つベンチプレスは、全身運動なんです。ベンチプレスしかやらないというのなら別ですが、さまざまな基本的な複合関節種目を行なっていて、それらの種目が強いのに身体の発達のバランスが悪いという人は見たことがありません。
――フリーウエイトをやり込んでいる人の身体には厚みがあると言いますか、マシンだけでは養えない迫力を感じます。
田代 自分で支えたり、バランスを取ったりすることで鍛えられるものがあると思います。また、フリーウエイトが強くなると、マシンも強くなります。でも、マシンが強くなるとフリーウエイトも強くなるのかと言えば、そうとは限りません。
――2003年に発売されたDVD「真夜中のチャンピオン」には57kgのダンベルでインクラインダンベルプレスをされる姿も収められています。セッティングだけでも大変な重量です。
田代 これはいろんな考え方があると思います。例えば、ダンベルショルダープレスではパートナーに手伝ってもらいダンベルをスタートポジションに持っていけたら、50kgくらいはできたと思います。でも、ひとりではそのポジションに持っていけません。そうなってくると、40kgくらいの重さでしかできないんです。だから、限界がありますよね。ある程度の重量まではフリーウエイトで自分でセッティングをするというのは大事です。ただし、ある一定を超えてしまうと、実際に扱える重量よりも軽いダンベルを使わざるを得なくなります。だから、私もそうだったんですが、だんだんバーベルの種目がメインになっていきます。
――高重量を扱うと関節にも負担がかかります。重量を追い求める上での身体のケアについてはいかがでしょうか。
田代 定期的に休養期間を入れることです。仕事や家庭の都合でトレーニングが1~2週間ほどできなくなる時期があると思います。そういう期間があるほうがプラスに働きます。私もそうなのですが、ずっと高重量でのトレーニングを続けていると、シーズンが終わるころには身体に違和感が生じているんです。「痛めている」とか「断裂している」とかではなく、身体が疲弊しているという感覚です。だから、シーズンが終わってからの1ヵ月間ほどは、あまり追い込まないようします。新しい種目を試してみたり、組み立て方を変えてみたり、来シーズンに向けて模索する時間に充てるようにしています。本来はここでは完全にトレーニングを休んでしまってもいいかもしれませんね。高重量でずっとやり続けている方は、1ヵ月ほどそういう時期があってもいいと思います。
――休んでしまうと「扱える重量が下がってしまうのではないか」という恐怖を感じます。
田代 若い方は、そういったことを気にする必要はありません。休んだから重量を挙げられなくなった、ということは絶対に起こりません。ただ、年齢を重ねてくると、若いころに挙げられていた重量を挙げられなくなってきます。瞬発力が落ちてきますから。分かりやすい例で言うと、年を取ると足が遅くなりますよね。瞬発力が落ちてくると、当然重たいものが持てなくなってきます。
――田代選手にも、以前挙げられていた重量が挙げられなくなってしまうことに悲しさを感じるときがあるのでしょうか。
田代 それはあります。スピード感の低下はリアルに感じます。だから、セット数を増やすなどして、より丁寧にトレーニングをする、という方向に変えていくしかないですね。これは挙上動作をゆっくり行うという意味ではありません。自分にとってテンポのいいスピードで行う、ということです。ただ、そのテンポのいいスピードが落ちていくので、より丁寧に挙げて、より丁寧に下げる。その動作をテンポよく行なっていきます。
――そう考えるとアイソレートに走るのは50歳を過ぎてからでもいいように思えます。
田代 私の考えとしては、逆に年齢を重ねるにつれてアイソレートばかりに走らないほうがいいと思います。年を取ると絶対にいろんなものが衰えてきます。ただ、身体のどこがどのように衰えてくるのか、それを防ぐにはどこを鍛えればいいのか、その明確な答えを持っている方はいないと思います。そうなると、日常生活に近い動きに負荷をかけたほうが間違いがないのではないかと思います。
――日常生活に近い動き?
田代 例えば、レッグエクステンションのような動作は日常生活では行いません。でも、何か物を持った状態でしゃがんだり、立ち上がったりといった動作は行います。もちろんスクワット、デッドリフトのフォームそのものを日常生活で行うことはありませんが、似たような動作はよくやっているはずです。つまり、そうした動作に近いトレーニングを行なったほうが、身体の衰えは防げるのではないかという考え方です。
また、安全に扱えて、なおかつ「重たいものを持ちたい」という気持ちは切らしてはいけないと思います。「年を取ったからこのくらいの重さでいいだろう」ではなく、「重たいものをより多く持ちたい」という気持ちを持ち続けることが重要です。
――潰れたときの恐怖心との戦いについてはどうでしょう。
田代 今はセーフティーラックというものがありますから。成長できるトレーニングをケガをせずに実践していくコツは、セーフティーラックをちゃんと設定できるかどうかです。ここを妥協してはいけません。自分にとって最適なポジションにセーフティーラックを設定し、トレーニングの度に微調整するのもよくありませんので、ポジションが把握できるまではノートに書いたほうがいいです。
――「ベンチプレスのセーフティーは4つ目の穴」とか。
田代 そうです。1回の挙上記録を狙う場合は、安全面を考えると補助してくれる方が必要になると思います。でも、普通にトレーニングを高重量で行う場合は、安全に潰れるというのもトレーニングの技術のひとつです。「次のレップは絶対に挙げられない」ということは自分でも分かるものです。そういうときは「安全に丁寧に下ろす」ということをやります。
――チーティングについてはいかがでしょう。DVDを拝見すると、チーティングを使う種目、使わない種目を分けているような印象を受けました。
田代 チーティングを使ってもいい種目と、使ってはいけない種目があるんです。例えば、フリーウエイトで言うと、ベンチプレスはチーティングを使ってはいけません。単純に危ないですから。また、そもそもベンチプレスやスクワットという種目では「チーティングを使う」という概念があまり生じません。
――確かにそうです。
田代 では、ベントオーバーロウイングではどうか。この種目は初動で腰と脚を使い、そのタイミングで腕を引きます。動作自体がチーティングなんです。その動作が大きくなった状態が、いわゆる「チーティング」です。そして、その動作が危険かと言えば、そもそもがそういう動作なので、危険ではありません。
――そのチーティングを「うまく使う」「使いすぎる」の境界線はどこにあるのでしょうか。
田代 まずは、安全にできているかどうか。絶対に扱えないような重量を振り回そうとするはやめたほうがいいでしょう。ベンチプレスで100kg、そしてアームカールでも100kg、といったことはあり得ません。30~40kgといったところではないでしょうか。その30~40kgを扱う中で、終盤のレップでは全身のバネを補助として使います。パートナーに補助をしてもらう代わりに自分のバネで補助をする、という考え方です。
――今でも重量が伸びることに喜びは感じますか。
田代 もう伸びることがほとんどないですが(苦笑)、「いいトレーニングができたな」という日はあります。また、毎回必ず、ひとつか2つは新しい発見があるものです。それまで気付けていなかったことに気付けたり、分からなかったことが分かってきたり、そういったときには楽しみを感じます。
――トレーニングに「完成形」というものはあるのでしょうか。
田代 ないと思います。去年の身体と今年の身体も違いますから。また新しい情報が入ってくることで、考え方も変わってきます。常に気付かされることがあるので、そこがトレーニングの楽しいところでもあります。そして、ジムにはトレーニングのさまざまな選択肢があります。背中のマシンだけでも数種類あり、「やり尽くす」といったことがありません。
――ジムでトレーニングを行う環境という点ではどうしょうか? 人目があるからよりちゃんとする、と言いますか。
田代 トレーニングも、人に見られることで適当なことはやらなくなります。誰もいないところでトレーニングをするのと、一生懸命に取り組んでいる人たちに囲まれた中でトレーニングをするのとでは、心持ちが変わってくるものです。人にとって‟環境”はとても大切なものだと思います。


田代誠(たしろ・まこと)
(株)THINKフィットネス取締役ゴールドジム事業部 事業部長1971年生まれ。鹿児島県出身。身長164㎝、体重72kg。JBBF日本ボディビル選手権大会4連覇(2001年~2004年)IFBB2013世界ボディビル選手権70kg級3位


執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。

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