上部胸筋は、もちろん胸筋の上部にあるわけだが、この部分はこれまで多くのアスリートや専門家たちから「見栄えを良くするための筋肉」とか「自己満足の筋肉」などと言われていた。それでも、上部胸筋が発達すると胸の筋肉の印象はガラリと変わったものになるのは間違いない。特にボディビルを含めたフィジーク系アスリートにとっては、完成度を高めるために上部胸筋の発達は必須だ。しかし、本当に見栄えのためだけの筋肉なのだろうか。ボディビルダーやフィジークアスリートたちの満足度を高めるためだけの筋肉なのだろうか。ここでは上部胸筋の役割や、発達を促すための種目について解説していきたい。
文:James Butterfield, CSCS 翻訳:ゴンズプロダクション
上部は胸筋全体のわずか20%
上部胸筋と呼んではいるが、実際は上部胸筋という名前の筋肉は存在しない。私たちがよく使う上部胸筋、下部胸筋という言葉は、大胸筋の“部分”を指し示しているだけで、上部胸筋という筋肉部位があるわけではないのだ。
胸筋と名の付くものには、大胸筋の他に小胸筋がある。小胸筋は大胸筋の深部にあるため、小胸筋を発達させても体表面にその姿が浮かび上がることはない。しかし、小胸筋が肥大すれば、深部から大胸筋が押し上げられるので、迫力のある胸作りに貢献してくれることは間違いない。
上部胸筋や下部胸筋、大胸筋や小胸筋について、まずはこれらの基本事項を理解しておこう。
上部胸筋は、あくまでも大胸筋の上部を指すだけのものなら、当然、上部胸筋の固有の機能も存在しないはずだ。なのにどうして上部胸筋の役割や、この部分を特に強化するための種目などが存在するのだろうか。
それは、大胸筋の構造を知ることで理解できる。大胸筋は主に2つのヘッドを持つ大きな扇形の筋肉である。
そのうちのひとつは胸骨の第2〜第7胸椎と、一部は腹直筋鞘に始点を持ち、そこから外側に筋線維が伸びて上腕骨に終点がある。これが大胸筋の中部と下部に相当し、大胸筋の主要な部分になっている。
もうひとつは鎖骨に始点を持ちそこから外側に筋線維が伸びて、やはり上腕骨に終点がある。
ここでは大胸筋の上部、つまり鎖骨に始点を持つヘッド部分について理解を深めていきたい。この胸筋の上部は、大胸筋全体の20%にしか過ぎない。にもかかわらず、上部胸筋はフィジーク系のアスリートだけでなく、さまざまな競技者にとって、とても重要な役割を持つ部分なのだ。
大胸筋全体の20%にしか過ぎないのにどうして重要なのか。それは、この部分が肩関節の動きに大きく関与しているからだ。肩を使わない競技はないと言っても過言ではないが、そうだとすれば、上部胸筋はありとあらゆる競技に関わっているということになるのだ。
例えば野球、バレーボール、砲丸投げ、テニスなど、強い肩が有利になる競技はたくさんある。肩を強くしたいなら肩周りの筋肉を強化するだけでなく、上部胸筋の種目もしっかり行うことも必要だ。上部胸筋は、決して見栄えを良くするためだけの部位ではない。これまで上部胸筋をあまり意識してこなかった競技アスリートは、これを機会に上部胸筋の強化種目をぜひ行って欲しいと思っている。
ボディビルダーなら上部の発達は不可欠
アスリートがワークアウトを行う目的はそれぞれ異なるが、それでも共通した種目もたくさんある。例えば、どんな目的であっても、胸のワークアウトとしてフラットベンチプレスを採用している人は多いはずだ。
実はこの種目、上部胸筋にも間接的な刺激が伝わっている。もちろん、主な刺激は大胸筋の中部と下部に伝わるのだが、肩を使っている種目なので、上部胸筋も対象部位に含まれている。
フラットベンチプレスだけでなく、胸の代表的な種目であるプッシュアップやディップスも同様だ。いずれも大胸筋を強化するための種目で、多くの人が実践しているが、これらの種目も上部胸筋を刺激し、強化するために役立つのだ。
そうだとすると、これまでどおり普通に胸のワークアウトをやっていれば上部胸筋もついでに刺激を受けているわけだからそれでもよさそうなものだ。しかし、意識するのとしないのとでは結果に大きな差が出てくる。
特にボディビルダーをはじめとするフィジーク系アスリートでは、上部胸筋は見た目の改善を図るうえでとても重要だ。そのためフラットベンチプレス、ディップス、プッシュアップなどで、上部胸筋に間接的な刺激を得るだけでも十分に競技に役立つと思われるアスリートとは異なるアプローチが必要になる。
例えばボディビルダーが走る能力を身につける必要はないし、俊敏な動作もコンテストでは必要とされない。しかし、上部胸筋の発達は、他のどのアスリートよりも大切になるのだ。
競技ごとに何が必要かは、競技の特性を理解すれば分かることだ。そして、求められる能力を伸ばすためのトレーニングを行うことがその世界で頂点に立つことにつながるのだ。
ボディビルダーの場合、コンテストのステージで求められるのは筋肉のサイズと全体のシンメトリー、プロポーション、デフィニションなどだ。だからこそフィジーク系のアスリートたちには、上部胸筋の発達に特化した種目や、そのやり方を学ぶことが必要になるのである。
ボディビルダーに求められる胸筋とは
ボディビルダーにとって完成度の高い胸筋とは、少なくとも上部胸筋がしっかり発達していて、全体的に張りがある状態だと言える。下部胸筋がやたら目立ってしまうと、どれだけ胸のサイズが大きくても評価は下がってしまうだろう。それでは早速、コンテストで高評価が得られる胸の種目を紹介していきたい。
インクライン・バーベルベンチプレス
Incline Barbell Bench Press
この種目はインクラインベンチを使って行う。インクラインベンチ専用のベンチ台、もしくはインクラインベンチ台をパワーラックの中に置いて行うこともできる。この種目はボディビルダーにとってはマストなので、どんな工夫をしてでもぜひプログラムに組み込んでほしい。
[やり方]
①インクラインベンチの背もたれの角度を45度程度にセットする。背もたれを立てれば、それだけ負荷が肩に分散されやすくなる。上部への効き具合を確認しながら調整しよう。
②バーベルをオーバーハンドで握ってラックからバーを外し、腕を伸ばしてバーベルを胸の上方に保持する。これがスタートポジションだ。
③大きく息を吸い込んだら、肘を曲げながらゆっくりとバーを胸の高さまで下ろしていく。バーが胸に触れる直前で動作を止める。これがこの種目のボトムポジションだ。
④ボトムから息を吐きながらバーをトップまで押し上げる。これで1レップの完了だ。
インクライン・ダンベルベンチプレス
Incline Dumbbell Bench Press
先のインクライン・バーベルベンチプレスをダンベルで行うバージョンだ。バーベルではラックが不可欠だが、ダンベルではそれが不要になる。ただし、慣れないうちは、ダンベルを持ち上げてスタートポジションを取るまでに手間取るかもしれない。
[やり方]
①まずベンチ台に座り、両腿の上(膝に近い位置)にダンベルを立てて乗せる。片側ずつ膝を持ち上げ、その反動を利用してダンベルを肩の位置に保持しながら、ゆっくり背中を背もたれにつける。これがスタートポジションだ。
②スタートポジションからダンベルを胸の上方に押し上げる。一旦停止したら、ゆっくりダンベルをスタート地点まで下ろす。
ロー・トゥ・ハイ・ケーブルフライ
Low to High Cable Flyes
この種目はケーブルマシンを使う。ケーブルマシンにハンドルを取り付け、左右のプーリーは低い位置にセットしておく。
[やり方]
①左右のハンドルを両手にそれぞれ握り、マシンの中央に立つ。
②ケーブルを引いて両手のハンドルを身体の中央で合わせるようにする。このとき、胸筋に強い収縮感が得られているか確認する。ここがトップポジションだ。
③トップポジションで一旦停止したら、ケーブルの負荷に抵抗しながらゆっくりハンドルをスタート地点まで戻す。決してケーブルに引っ張られてしまわないように。
インクライン・ダンベルフライ
Incline Dumbbell Flyes
この種目では45度に背もたれをセットしたインクラインベンチとダンベルを用いる。
[やり方]
①無理をせず、まずは軽めのダンベルを用意して両手にそれぞれ握り、ベンチ台にあお向けになる。
②肩甲骨を中央に寄せた姿勢を保ち、両腕を伸ばしてダンベルを胸の前方に保持する。このとき、肘はロックさせないこと。腕は前方に伸ばすが、肘は軽く曲げた状態を維持する。
③大きく息を吸いながら、両腕を左右に開いていく。このときも肘は軽く曲げたままの状態を保つ。④床面に対して上腕が水平になるまで広げたら、それがこの種目のボトムポジションだ。一旦停止したら、息を吐きながら弧を描くようにダンベルをスタート地点まで戻して1レップの完了だ。
インクラインベンチ・ケーブルフライ
Incline Bench Cable Flyes
背もたれを45度にセットしたインクラインベンチ台とケーブルマシンを用いて行う。左右のプーリーを低い位置にセットし、ケーブルにハンドルを取り付ける。
[やり方]
①両手にハンドルをそれぞれ握ったら、マシンの中央に置いたインクラインベンチにあお向けになる。両腕は下方に下ろした状態になっている。これがこの種目のスタートポジションだ。
②スタートポジションから、ケーブルを引きながら身体の前で両手のハンドルを合わせる。このとき肘は軽く曲げておく。両手のハンドルを合わせたとき、ハンドルの高さは胸より少し上方に来ていること。これがこの種目のトップポジションだ。
③トップポジションからゆっくりハンドルをスタートポジションに戻して1レップだ。動作中、肘は軽く曲げた状態を保つ。ちょうど大木を抱え込むようなイメージで行う。
各種目の共通事項
①どの種目もセット間の休憩は一定にする。筋力向上が主な目的ならセット間休憩は3分程度、筋量増加が目的なら45〜90秒程度を目安にしよう。ただし、あくまでも目安だ。用いる重量や運動強度、体力差などによってセット間の休憩時間は変わってくる。あまりにも長く休むのは筋力、筋量アップにはマイナスなので、次のセットでも全力を出し切ることができる範囲で休憩を取るように心がけよう。
②どの種目もスタートからフィニッシュまでフルレンジで動作を行う。対象筋の隅々まで刺激を行き渡らせるにはフルレンジが必要だ。確かに一部の可動域だけで動作を行うトレーニング法もあるが、ここでは使わない。もし、フルレンジでの動作ができていないのであれば、使用重量が重すぎることが原因かもしれないので調整してみよう。フォームを重視し、フルレンジで動作を行うように心がけ、それが可能な範囲での高重量を使うことが理想である。
③胸のワークアウトは高頻度で行わないほうがいいだろう。また、1回のワークアウトのトレーニング量も多すぎないほうがいい。胸筋のオーバートレーニングはケガにつながりやすく、肩への負担も大きくなるため、他の部位のワークアウトにも悪影響になる。例えば4日で全身を一巡するような分割プログラムなら、上部胸筋のワークアウト日と下部胸筋の日(フラットベンチプレス、ディップス、プッシュアップなど)を分けて行ってもいいだろう。
④上部胸筋の筋量アップを目指すなら、レップ数は比較的多めにしたほうがいいだろう。逆に、下部胸筋に対しては、筋力アップを目指したほうがいいので低レップのセットがおすすめだ。上部も下部も同じ大胸筋だが、ハイレップ種目とローレップ種目を織り交ぜることで、より理想的な形の大胸筋を完成させることができるはずだ。
最後に
ボディビルダーやフィジークアスリートとして成功したいと思っているなら、上部胸筋はおろそかにできない。競技アスリートなら、あえて上部胸筋の種目を行わなくても、通常の胸のワークアウトをやっていればそれで十分かもしれない。その場合、積極的にフラットベンチプレス、ディップス、プッシュアップなどを行うようにするといいだろう。
それでも、上部胸筋の発達は肩の強化に役立つ。肩をよく使う競技アスリートなら、たまには上部胸筋のワークアウトを取り入れて新鮮な刺激を得てみるのもいいだろう。
ボディビルダーやフィジーク系アスリートなら積極的に上部胸筋を肥大させ、下部胸筋が目立ってしまうような胸づくりは避けよう。
今回紹介した上部胸筋のための種目は、効率よくこの部位を刺激してくれる。いずれもハイレップで行ってみよう。そうすることで、胸の完成度をより高めることができるはずだ。
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