入眠時に身体を温めるか、冷やすか
――入眠時、身体を温めた方がいい、冷やした方がいいと意見が分かれると思います。
阿部 体温が下がると眠気が誘発されるため、熱いお湯に浸かって体温を上げ過ぎるのはよくないと思いますが、入眠前、40度くらいのお湯に10分から15分くらい入るのはいいと思います。入浴によって体温が上がると身体はバランスを取るために意図的に体温を下げようとするため、入眠の準備がしやすくなります。目安としては寝る1、2時間前ですね。逆に、身体を冷やして体温を下げ、睡眠導入を図ろうという研究も近年多く発表されています。運動後、体温が高くなった直後にマイナス110度の超低温の冷却室に3分間入り、一気に体温を下げると睡眠の質が良くなるという報告(※10)もあります。
――睡眠の観点から見たら、冷却はいいわけですね。
阿部 ただ問題は2つあります。まずは、こういう施設は現状一般の方にアクセスできるようなものではないこと。あとは、トレーニング後の冷却、これは冷水浴やアイシングも含めてですが、筋肥大を阻害するというエビデンスが近年多く集まりつつあります。よく眠れたけど、トレーニング効果は台無し、ではメリットは大きくないかもしれませんね。
――選手は大会直前や減量期で、入眠に悩む人が多いようです。
阿部 ベッドに入ったけれど眠れないという場合は一度起きて、読書でもして眠くなるのを待った方がいいという専門家もいますね。ただ、これは個人的な話になりますが、私自身、入眠がうまくいかずに悩んでいたときに、友人から「ベッドに入って目を閉じているだけでも十分に休息になる」と言われて、気持ちが楽になったことがあります。眠れないけど、これも休息の形であると割り切って目を瞑って休むことで、肩の力が抜けてふっと眠りに落ちることもあるかもしれません。イライラしたり、時計をちらちら見て焦ったりが一番良くないです。
入眠がスムーズになる呼吸法
――入眠がスムーズにできるテクニックはありますか?
阿部 気持ちの切り替えができれば理想ですが、それができない人もいることでしょう。そのときは、私たちが唯一、自力で自律神経に介入できる方法として呼吸法を取り入れてみるのもいいと思います。実は呼吸は私の専門でもあるのですが、睡眠の導入としておススメしたいのは寝ながらできる呼吸法です。
――どんな呼吸法ですか。
阿部 毎分5.5回くらい(※11)のゆっくりとしたペースで行う呼吸です。鼻から吸い、口から空気を吐くのですが、「大きく息を吸う」ことよりも、「胸に残った空気を全部吐く」ことに重きを置いています。息をゆっくり吐き切った後に4秒くらい息を止め、また鼻から吸ってを繰り返します。その際、腰がリラックスできるよう、寝た状態でヒザを軽く曲げることをお勧めします。慣れてきたら、もっと強弱をつけて、さらにペースを落とすのもいいですね。5秒吸って、7秒吐いて(※12)、4秒止める(※13)、といったように。
――ゆったりとした呼吸法ですね。
阿部 1分間で4呼吸に満たないくらいのペースです。これを繰り返していると、副交感神経活動が高まってきます。それと同時に呼吸に集中することで、余計なことを考えず、頭が空っぽになりやすいという利点もあります。眠れない方は、この呼吸法を試してみてはいかがでしょうか。
昼寝は必要かどうか
――シエカさんは何か質問がありますか?
シエカ 先生の仕事量がすごいので寝られているのか心配ですが、昼寝で補填していますか?
阿部 昔は昼寝が大嫌いだったんですが、今は、仕事効率のために昼寝も積極的に取るようにしています。
シエカ (以前の私がそうだったのですが)世の中にはショートスリーパーに憧れる人もいます。ですが遺伝的特性というお話があったようにみんなに当てはまるとは限らずリスクも大きいと感じるのですが、いかがでしょうか。
阿部 私もそう思います。ご自身の肉体の声を聞いてみたら自ずと分かるのではないでしょうか。たしかにショートスリーパーは起きている時間が長い分、時間を有効に使えているようにも思えますが、遺伝的要素を持ち合わせていない人が無理に睡眠を削っても作業効率が落ちるだけです。睡眠不足はさまざまな疾病・疾患リスクが上がり、死亡率も上ることはエビデンスによって明確に示されています。ちゃんと寝て、起きている間に元気いっぱい活動し、長生きしたほうが、やりたいことを人生を通じてしっかりと楽しめますよね。
シエカ 入眠の話がありましたが、途中で目が覚めてしまう方は、どんな原因がありますか?
阿部 分かりやすいのが、夜中トイレで目が覚めるとか、物音が気になって起きてしまうなどの外的要素がある場合です。対処法として、水分摂取のタイミングの調整、耳栓の装着、寝室を分けるなどの工夫をすれば改善できるはずです。眠り自体が浅く、中途覚醒してしまうということであれば、入眠前に呼吸法を1〜2セットやってみるとか、室温や明るさの調整など、自分の睡眠に合う環境づくりを試しながら探ることも大切かなと思います。
シエカ 睡眠の質、深さを高めていくことが大切ですね。
阿部 神経質になり過ぎないことも重要です。毎晩、質の高い睡眠が取れれば素晴らしいですが、たまに寝つきが悪い夜もどうしてもあるはず。人の調子が揺らぐのは至極当然のことなので、「今日はそういう日か」とどっかり受け止め、受け入れる余裕も欲しいところですね。1週間、1カ月を通じて総体的に質の高い睡眠が重ねられていればいいので、毎日100%の質を追い過ぎる必要はないのではないでしょうか。
シエカ 分かりました。先生のお話は分かりやすく勉強になります。ありがとうございました。
参考文献
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※2. Calder A. Recovery strategies for sports performance. Strategies. 2002;15:8-11.
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※10. Schaal K, LE Meur Y, Louis J, et al. Whole-body cryostimulation limits overreaching in elite synchronized swimmers. Med Sci Sports Exerc. 2015;47(7):1416-1425. doi:10.1249/
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※11. Joseph CN, Porta C, Casucci G, et al. Slow breathing improves arterial barorefl ex sensitivity and decreases blood pressure in essential hypertension. Hypertension. 2005;46(4):714-718. doi:10.1161/01.
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※12. De Couck M, Caers R, Musch L, Fliegauf J, Giangreco A, Gidron Y. How breathing can help you make better decisions: Two studies on the eff ects of breathing patterns on heart rate variability and
decision-making in business cases. Int J Psychophysiol. 2019;139:1-9. doi:10.1016/j.ijpsycho.2019.02.011.
※13. Russell ME, Scott AB, Boggero IA, Carlson CR. Inclusion of a rest period in diaphragmatic breathing increases high frequency heart rate variability: Implications for behavioral therapy. Psychophysiology.
2017;54(3):358-365. doi:10.1111/psyp.12791.
取材・文:松井孝夫 写真提供:阿部さゆり
阿部さゆり(あべ・さゆり)
1983年東京生まれ。高校卒業後、2002年に渡米。テキサス州立大学サンマルコス校 (Texas State University-SanMarcos) を卒業し、ATCの資格を取得したのち、フロリダ大学 (University of Florida) 大学院修士号修了。2018年6月に日本に帰国。現在はPostural Restoration Institute (PRI)Japanの代表を務める傍ら、依頼を受けての外部向けの講習や、AZCARE ACADEMYのエビデンス監査ディレクターとしても活動している。
執筆者:松井孝夫
ベースボールマガジン社からフリーランスのライター&編集者として独立。メインは格闘技をベースに取材執筆活動中。サッカー、ラクビー、野球と取材の幅を広げつつ、肉体作りもテーマに取り組んでいる。