1回も比較されずに優勝したことがある?小沼敏雄伝説を語る【動画】

ミスターボディビルディングと呼ばれる男。そんな小沼敏雄選手の数々の伝説を現役選手や、IRONMAN初代編集長たち8名が肉声で振り返る。

文:飯塚さき

ゴールドジム主催の動画コンテンツ「マッスルトーク」

記念すべき第1回は「レジェンドビルダー小沼敏雄」。WEB会議サービス「ZOOM」を用いて収録が行われた。

出演者
谷野義弘 2000年、2006年日本ボディビル選手権優勝
鈴木 雅 2016年世界ボディビル80kg優勝 日本ボディビル選手権9連覇
佐藤貴規 2017年世界ボディビル選手権70kg以下級 7位
加藤直之 2019年日本ボディビル選手権3位
相澤隼人 高校ボディビル選手権3連覇 史上最年少のミスター東京
浦田浩行 IRONMAN 初代編集長
村上洋之 元カリスマ店長

司会
荒川大介 元IRONMAN編集

荒川 まずは、皆さんが小沼さんと最初に会ったときのエピソードをお聞かせください。

村上 高校生のときから地元・静岡のジムでトレーニングをしていたんですが、知り合いに中野ヘルスクラブに初めて連れて行ってもらい、小沼さんを初めて生で見ました。高校生の自分からしたら衝撃で、ダントツですごい身体をしていました。それから大学進学のため上京し、中野ヘルスでアルバイトを始めたので、仕事やトレーニングのことを小沼さんに教えていただきました。

浦田 大学4年生のときに、月刊ボディビルディングでアルバイトをしていて、その年に小沼さんが初めてミスター日本で優勝しました。こんなにすごい人がいるんだと、ボディビルに夢中になりました。当時は、ボディビルをするなら中野ヘルスかサンプレイかと言われていましたが、私は小沼さんに惹かれて中野ヘルスに入会し、中野に引っ越しまでしました。そこから小沼さんとのお付き合いも長くなりました。

相澤 高校1年生のとき、2015年に初めて小沼さんにお会いしました。初めて減量を行い、ポージングを教わるためにお会いしたんです。そこから、大会前は毎回少なくとも1回は指導していただくようになりました。

佐藤 私が初めてクラス別の大会に出たときの前日検量で、初めて小沼さんを間近で見ました。検量に向かうとき、上のカテゴリーの大きな選手たちと一緒になり、すごく心細くて。そんななかで、検量の係だった小沼さんが「東京オープンに出ていた選手だね」と声をかけてくださいました。初心者だった私は、小沼さんに覚えていただいているなんて夢にも思っていなかったので、とてもうれしかった覚えがあります。

加藤 とある大会後のレセプションでお会いしたのが初めてだったと思います。小沼さんが審査員を務めていたので「どうでしたか?」と聞いたところ「絞りが甘いっ!」と言われたのを覚えています(笑)。

鈴木 初めて小沼さんとお会いしたのは、2003年。私がゴールドジムに入社したての春でした。たまたま居酒屋に寄ったときに、小沼さんご夫婦と中野ヘルスの会長がいらっしゃっていたんです。ご挨拶させていただきましたが、当時は大会に出ていたわけではなく身体も小さかったので、小沼さんは忘れていたと思います。本当に認識していただいたのは、その後の8月か9月でした。当時住んでいた大森の店舗でベンチプレスをしていたら、小沼さんが急に途中から補助に入ってこられて。4、5、6と数えたら、7が1になって戻るんですよ(笑)。補助してもらいながらトレーニングをしたことがなく、人に追い込まれたのも初めてだったので、1週間くらい筋肉痛が取れませんでした。

谷野 小沼さんが2連覇目をしたときに、初めて試合を観に行ったんですが、生で見たら飛びぬけてすごい身体をしていて驚いたのを覚えています。その後、通っていたトレーニングプラザ代々木が閉鎖するに当たって、迷わず中野ヘルスに入会。小沼さんのトレーニングを見ながら自分のトレーニングをしていました。230㎏10レップを4セットという、すさまじいバーベルスクワットを目の当たりにして、これはやばいなと驚きました。92年からは、試合も一緒に参加して、95年からは一緒に世界大会に出始めました。95年からの4年間は小沼さんと同部屋だったので、試合のときにはずっと一緒だったイメージです。

荒川 皆さんが知る、小沼さんの伝説的エピソードはありますか?

浦田 1983年に、上り調子だった小沼さんがミスター関東・ミスター東京・ミスター実業団で優勝しました。ミスター関東には、マッスル北村さんも自身の初めての社会人コンテストとして出ていて、小沼さんの捻ったバックポーズを見たときに、それまで自信をもっていた自分の才能を疑ったそうです。10年経ってもこの男には勝てないと、手記にも載っています。それからは、ボディビルは背中が重要として、背中のトレーニングを重点的に行うようになったそうです。マッスル北村さんにそれくらいのインパクトを与えるほどの身体を披露していて、才能はみんなが認めるところだったと思います。当時、窪田登先生が「黒人のボディビルダーみたいだ」と評していました。小沼さんの登場は、ボディビル界の大きなニュースだったんです。

相澤 店舗に流れるDVDのなかで、20 ㎏ プレートを5枚つけてディップスを行っているのを見て、これこそがレジェンドなのかと思いました。

佐藤 私も、小沼さんが現役の頃は映像でしか見たことがありませんが、小沼さんがジムで指導していると、教えてもらえる自分の番になるまで、トレーニングもせずにずっと待っている人がいるんです。日本中のトレーナーでそれだけの影響力を持つ人は、なかなかいないんじゃないかなと思います。

加藤 1990年のミスター日本のとき、小沼さんは上唇から歯が透けて見えるくらい絞れていたという話を聞いて、衝撃を受けました。いかに自分の絞りが甘いか、痛感させられました。

村上 小沼さんがジムでトレーニングしていて、本番のセットに入るときは、周りの人も横目や鏡越しに見て、終わったら自分のセットを頑張るといった光景がありました。素晴らしい環境でした。小沼さんは、下半身のトレーニングのときは、超ショートパンツでやるんです。マシントレーニングやスクワット、カーフをやった後に前屈のストレッチをして。黒くて艶があって、まるで競走馬のようなきれいな脚をしていました。

谷野 同じジムだったので、トレーニングしているときにも互いに相手の様子を伺っていましたが、私はこれじゃ小沼さんに勝てないなと思ってしまうくらい、すさまじい身体をしていました。でも、そんなふうにトレーニングできていたのは恵まれていたなと思います。中野ヘルスは、足を踏み入れれば自然と集中できる環境で、いわば虎の穴のジムでした。

鈴木 中野店で、栃木からのお客様を指導しているときに、小沼さんとすれ違ったら「君、3年前の大会に出ていたよね?」と私が教えているお客様に声をかけられました。そのお客様は、栃木の予選で通過するかしないかくらいの選手で、小沼さんは東日本の大会と栃木の大会をダブルでジャッジしていたんです。その状況で一選手の顔を覚えているのはすごいなと思いました。あと、小沼さんにはいろいろと嘘っぽい伝説が多いので、この間ご本人に聞いてみました。例えば、ミスター日本のときに1回も比較されずに優勝したことがあるということ。これは本当でした。

谷野 87年の日本選手権で、小沼さんが2回目の優勝をしたとき、ファーストコールに呼ばれず、お客さんから「小沼を見せろ!」とヤジがあって、最後に1回だけ出てきたっていうこともありましたよ。

鈴木 あと、小沼さんが行く食べ放題の店は潰れるともよく聞くので、失礼ながら聞いてみたところ「中野ヘルスのみんなが行くから潰れるんだよ」と、あくまで自分だけのせいではないと言っていました(笑)。

佐藤 入会したての女性のお客様を、いきなり補助で追い込んだとも聞くので、いい意味で差別のない方なのかなと思っています。

荒川 皆さんにとって、小沼さんとは?

浦田 小沼さんに「今度インタビューさせてくださいよ」と言うと「何聞くの? 詳しく教えて」と言われます。事前に質問を知っておきたいと言われることは稀で、ひとつの質問にきちんと全て答えたいという、彼の真面目で頑固な性格を表していました。また、小沼さんの活躍を語る上では、奥さんの存在を外すことができません。90年のアイアンマン創刊時、どうしても小沼さんに出ていただきたかったのですが、それまで月刊ボディビルで散々小沼さんのトレーニングや食事については取り上げてきたので、切り口を変えなくてはと試行錯誤していました。そこで、奥さんにお願いしてご夫婦で出ていただいたんです。結婚されたのが85年の春。それからは、大会に向けた調整のための食事などを奥さんが作っていました。それが功を奏して小沼さんの躍進につながっていくので、奥さんの内助の功が相当大きかったのではないかと思っています。最初は奥さんに「脚の角度が少し違うだけで見え方が違うよ」と言われても、頑固にそれを突っぱねていたのですが、やっぱり少しずつ奥さんの意見を取り入れて、素直に奥さんの言うようにポージングや食事を変えていきました。私はその過程を見てきたので、奥さんの存在が大きな大会での活躍につながっていっていると思います。

佐藤 小沼さんは、ボディビル界の「ミスター」です。誰からも愛されて支持されるのが小沼さん。頑固な面があっても、純粋でまっすぐな人格者です。

村上 小沼さん自身、ウエイトトレーニングが大好きで、性別やキャリア、年齢に関係なく、ジムに来る人みんなにその知識を余すことなく伝え、もっとトレーニングを好きになってもらいたいと思っていることがよく分かる方です。追い込むときも、理論ではなく「ぎゅーっと!」と分かりやすく、愛情をもって接してくれるので、皆さんトレーニングのファンにも小沼さんのファンにもなっていくんだと思います。

鈴木 私も「ミスター」って言おうと思ったけど、佐藤さんに先に言われてしまったので(笑)。小沼さんは、ボディビルダーとして卓越された方で、私のなかではボディビル=小沼さんというイメージです。小沼さんや谷野さんのトレーニングを中野で見せていただいたことがありますが、「現役の頃よりできなくなったよね」なんて言いながら、それでもオーラがあり、それでいて周りを威圧しない雰囲気を持っていました。きついトレーニングをきつそうにしない、そんなトレーニングへの姿勢に感銘を受けました。小沼さんが近くにいなかったら、私はミスターを獲れていなかったとさえ思います。

谷野 純粋にトレーニングを好きな人。ボディビルというものを純粋に取り込めている人。僕はそんなふうに思っています。

ピックアップ記事

関連記事一覧