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ベンチプレス83kg級世界チャンピオンの丸太のように太い腕の筋肉をつくったトレーニング

ベンチプレス83kg級世界チャンピオン、鈴木佑輔選手。その肉体は筋肉の鎧のようで、特に周囲48㎝という極太の腕がひときわ目を引く。その太くて強い腕は、どのようにして作られたのか。その秘密を探るため、鈴木選手が経営する「トレーニングジムB.A.D.」を約6年半ぶりに訪れた。

取材:藤本かずまさ 撮影:北岡一浩

――鈴木選手と言えば、ナローグリップのロングストロークでの挙上が特徴的です。そうした挙げ方をする上で、上腕三頭筋は重要な部位になるのではないでしょうか。
鈴木 上腕三頭筋(の強化)は最優先事項です。ベンチプレスの主動筋となるのは大胸筋ですが、僕は大胸筋をケガしているので、うまく使えないんです。そして、もともと大胸筋よりも三頭筋のほうが強いということもあり、ベンチプレスは背中と腕で押して、大胸筋は動作を安定させるためのスタビライザー、という考え方をしています。

――ベンチプレッサーはよく「背中で押す」という表現を使います。大胸筋の発達のためにベンチプレスを行っている人にとって、それはなかなか掴みづらい感覚かもしれません。
鈴木 簡単に言うと、僕の場合は感覚的にはスクワットに近いです。例えば、スクワットでは最初に背中で(重量を)受けます。しゃがんでいくうちに腹圧に(負荷が)入っていって、その腹圧を使ってポンと跳ねて、最後に少し手でバーを押す。そうした動きをどのようにしてベンチプレスに結び付けるか。その中で核になってくるのが腕と背中の使い方です。解剖学的に見ても、広背筋の停止部は上腕骨についています。その、実際につながっているところを、どう使っていくか、ということです。

――その「腕と背中の使い方」はベンチプレスの動作の中で練習していくのですか。
鈴木 そうです。基本的にはベンチのシャフトで練習します。そのシャフトの重さを、どこで受け取るか。接点としては肩で受けないといけないのですが、動作を始めたときに、その重さがどのように滑り出して、その滑り出した重さをどこで受けて…というところです。

――そこで大胸筋で受けるのではなく。
鈴木 大胸筋は「乗っているだけ」の状態にする、ということです。重さを受けると、力を使ってしまいます。だから「乗っているだけ」という感覚にするんです。バーを受けるのは手のひらで、その下に肘があって、その下に肩がある。そのラインを、身体のどこで支えて、その支えている先に脚があって、と。その全てをトータルパッケージで考える、という感覚です。

――2014年に取材させていただいたとき、三頭筋は長頭をメインにトレーニングされていました。
鈴木 今は「長頭、短頭、外側頭」と分けて考えるのではなく、背中とどのようにしてリンクさせるかを考えています。三頭筋だけをターゲットにしたトレーニングは、実はあまりやっていないんです。
見た目は三頭筋の種目なのですが、どこで背中の筋肉を関与させて三頭筋の出力を上げていくか。それがメインです。
また、肘のメンテナンスとして行う三頭筋の種目もあります。そこではパンプ重視のハイレップだったり、タイム・アンダー・テンションだったり、科学的ストレスをメインにやっています。

――ベンチプレスの場合、一番最後の出力先が腕になります。
鈴木 だからやはり、最後に(挙上動作をしっかりと)決められるだけの腕はほしいところです。もちろん、主動筋である胸が強いに越したことはありません。胸も肩も腕も強いのが理想です。
ベンチプレスというものを始めて20年ほどになりますが、そのキャリアの前半は主動筋を重要視していました。その結果、僕は大胸筋を壊してしまいました。これからもベンチプレスはやっていきたいのですが、このままだといつか限界がきてしまう。だから、使えないところをなくしたいんです。足の指先から頭のてっぺんまで、全てを使いたいです。

――全ての力を動員して1発を上げていく、ということですね。
鈴木 ただ、ベンチプレッサーはそれが無意識でできるんです。その無意識下の動作に理屈をつけて理解して、自分で使い込んでいって動作を習得して、また無意識下の状態に落とし込む。その繰り返しです。

――三頭筋のトレーニングの頻度は?
鈴木 今はベンチプレスを週6回やっています。いわゆる「ナローグリップ」「クローズグリップ」と呼ばれる幅でやっているので、上腕三頭筋はほぼ毎日使っています。その中で、三頭筋の種目をやり込むのは週に1回です。

――種目としては、どのようなものをやっているのでしょう。
鈴木 ライイングエクステンションです。40㎏くらいの軽い重量にチェーンをつけてやっています。

――チェーンを導入した理由は何だったのでしょう。
鈴木 以前は140㎏くらいの重量でやっていたのですが、トレーニング歴が長くなればなるほど刺激に慣れてきてしまいますよね。また、そうした重量に対して素直な刺激はベンチプレスで十分に入っています。「重さ」というものに対する耐性もついてしまっているので、自分がまだ慣れていない、新鮮な刺激を取り入れていくしかないかなと。なので今は刺激を変えるために、チェーンやバンドを使ったトレーニングを取り入れています。メインセットはやって2セットです。

――ライイングエクステンションをチョイスしたのは?
鈴木 動作としては、プルオーバー・エクステンションに近いです。

――背中と三頭筋がつながる部分も動かせるように?
鈴木 そうです。身体を固定して行うことはないです。動かすことで、痛みのある箇所への負担を逃がしながらできるので。例えば、ケーブルのプッシュダウンも逃がせますが、重量はあまり扱えません。重量を扱おうとすると、身体を固定する必要が出てきます。そう考えると、ライイングエクステンションが、ちょうどいい重さの配分ができるんです。
20代から30代前半のころは、重量至上主義のような感じで全ての種目を思い切りやっていたんです。今は「高重量」「中重量」「低重量」と、それぞれ種目を使い分けるようにしています。ベンチプレスである程度、高重量を扱っておいてその前に科学的ストレスで低重量でのトレーニングをする。その、中間の位置づけの重量で行えるのがライイングエクステンションです。他には、中重量の種目として120㎏のバーに40㎏のチェーンをつけてJMプレスをやることもあります。

――コンディショニングのための三頭筋の種目は?
鈴木 バンドでのフレンチプレスがメインで、日によってはケーブルのプッシュダウンや、ディップスをやります。これは時間を短縮して、軽い重量でやります。これらはベンチプレスをやる前のウォームアップとして行います。三頭筋に刺激を入れて、その次に広背筋、そして肩と肘を一緒に動かす種目、という順番でやると、身体が整うんです。身体の後ろ側を使う感覚が得られます。

――フレンチプレスで三頭筋を温めて、背中を活性化して、それからベンチに入るという流れですね。
鈴木 三頭筋が少しパンプするので、三頭筋が張った状態でラットプルダウンをすると、肩甲骨と腕がちゃんと連動するんです。その状態を作って、感覚をよくしてからベンチに入ります。いわゆるアクティベーションドリルに近いものになります。

――取材日である本日は月曜日で、今週最初の練習日になります。
鈴木 昨日の日曜日はベンチプレスをやっていません。土曜日から間隔があるので、少し感覚がぼやけるんです。だから、月曜日は無理やりにでもというか、わざとらしくでも感覚を出してあげる必要があるんです。いきなり(ベンチプレスの)シャフトから入ると、そのシャフトに費やす時間も長く取られてしまいます。そういうときは、フレンチプレス、ラットプルダウン、ダンベルフライというお手軽な種目を軽い重量で行います。週の真ん中あたりは、そうした「感覚出し」の必要がもうないので、ディップスとかチンニングとか、そうした強度が強い種目を行います。

――そうやって、ベンチプレスにつなげていく。
鈴木 ディップスやチンニングは80回ずつくらいやります。そこからベンチに入ると、最初はやはり疲れるんですが、感覚はすごくいいです。僕はどちらかといえば感覚を重視するタイプなんです。パフォーマンスは下がりますが、練習では最低限の重さを扱えればいいという考えです。

――その「感覚がいい」という状態は、必要な筋肉の連動ができている状態?
鈴木 そうです。肩や肘の位置、脚の配置、アーチの感じなどが、パッとはまるんです。(ラックアウトして)乗ってきた重さが、それらにストンと収まる。その一連の動作がシャフトの1発目からはまるんです。

――動作が収まる、というのはどのような感覚なのでしょう。
鈴木 腕立て伏せをやりやすい手幅ってありますよね? それでベンチをやるのが、骨格としては自然な動きになります。そこからワイドにしたりナローにしたりすることで、「対象筋」というものが生まれてきます。その腕立て伏せをやりやすい手幅があるのと一緒で、ベンチをやりやすい手幅というのがあって、それが『動作が収まる』ところです。

――なるほど、分かりやすいです。
鈴木 これが、(感覚出しを)やっていない状態だと、それぞれの部位が個別に元気な状態にあるだけなんです。オフ明けの月曜日は、各々が元気すぎて、それらがつながりづらいです。例えば、腕が「100」、背中が「80」、肩が「90」の元気があったとしたら、(動作が)揃わない。そこから一度、全てを疲れさせて「80」くらいに揃える、そんなイメージです。

――オーケストラでそれぞれの楽器の奏者が大きな音で演奏しても音楽にはなりません。
鈴木 ちゃんと指揮者がいて、初めて音楽として揃う。それと同じようなものだと思います。「パフォーマンスを上げる」という考え方が理想ですが、僕はパフォーマンスを下げて揃えていきます。練習では、それで全く問題ありません。揃っていたほうがきれいな動きができて、ケガもしませんから。

――その揃った状態でのパフォーマンスを、少しずつ高めていく?
鈴木 はい、その平均点をちょっとずつ高めていけば、それまで足りなかった部分が追いついてきてくれますから。

――以前取材させていただいたときは、上腕二頭筋のトレーニングはやられていないとのことでした。
鈴木 今年から週に1回、金曜日など週の後半にやるようになりました。これも肘のメンテナンスですね。上腕三頭筋がアクセルになっているとき、上腕二頭筋はブレーキになります。スタビライザーとしてずっと固まっている状態にあるので、少し動かして血流を入れてあげたいんです。
また、去年からは前腕のトレーニングも始めて、肘の調子がよくなってきたんです。その一環で上腕二頭筋のトレーニングもやるようになったんです。種目はハンマーカールやリバースカールなどがメインになります。ハンマーカール、リバースカール、プレートを使ったハンマーカールの3種目をやるんですが、血流を入れるのが目的なので重量は軽いです。それぞれ15回ずつをインターバルを入れずに3周行います。(回内して)短頭側まで入れることは、あまりないです。

――そうして各々の筋肉を鍛えていきながら、平均点を上げていくのですね。
鈴木 どこかの部位が強くなったら、その他の部位もそれについていかないといけません。その、「その他の部位」はどこになるのか。ベンチを強くしようと思ったときは「主動筋である胸、肩、三頭筋のトレーニングをしましょう」ということになります。ですが、そこにその他の部位もついてこないと、パフォーマンスにはつながってきません。

――練習を続けていく中で、「前腕が弱いんじゃないか」「二頭筋も鍛えたほうがいいんじゃないか」とか、気づくものなのですか。
鈴木 僕の中でパターンとして蓄積されているものがあるんです。例えば、手首が痛くなったとしたら、肘の周辺の筋肉が固まっていたり、肩の前側に違和感があるときは肋骨の前側が固まっていたり。そういうパターンがあって、対処ができるようになっています。パフォーマンスが上がったが故に痛みが出る箇所が「弱い部分」なんです。パフォーマンスを一旦下げてフラットな状態にすると、そういった症状は出づらくなります。だから、まんべんなく動かしていくということは最低限、必要になってくることですし、その動かしていく中でどこに主眼を置くか。それが補助トレーニングにつながっています。

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鈴木佑輔(すずき・ゆうすけ)
1984 年9月5日生まれ。茨城県守谷市出身。
身長169㎝、体重79.95kg。
2010年~2014年ジャパンクラシックベンチプレス選手権4連覇
2013年~2015年、2017〜2019年アジアクラシックベンチプレス選手権優勝
2018年~2019年世界クラシックベンチプレス優勝
66㎏級ノーギアベンチプレス日本記録(190.5㎏)・アジア記録(175㎏)83㎏級元世界記録(216.5㎏)世界記録(211㎏)保持。公式大会の自己ベスト記録は222.5㎏。トレーニング以外の趣味:釣り。「このジムの近くの川でトラウトフィッシングをやります。今はまだ禁漁なのですが、2月16 日から解禁になるんです」


執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。


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