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“トレーニングで男性化する"は大間違い[“筋肉博士”石井直方の筋トレ学]

男性のほうが、筋力を発揮させる時間が速い?

 さて、「男女差」ということで話を広げると、最近ちょっと気になる記事を目にしたんです。「最大筋力を70%まで発揮させる時間は、女性より男性のほうが速い」。これ、実際のところはどうなんでしょう。

石井 筋力の立ち上がり速度は、基本的に筋線維組成と関わっています。筋肉の中に「速筋線維」が多ければ、それだけスピードが速く、「遅筋線維」が多ければ遅いわけです。

 では、男性のほうが速筋線維の割合が多いということでしょうか。

石井 「速筋線維が多いのは、遅筋線維が多いのは、男か、女か」。じつはこの議論、これまでも延々と繰り広げられており、しかも「男女差があった」という研究も「いや、なかった」という研究もあるんです。そこで、双方の研究を全て集めてきて、何万人という被験者を対象にした研究も行われました。そういう統計処理をすると、微妙に男女差があると言われています。

 やはり女性のほうが速筋線維の割合が少ないですか?

石井 そうですね。とはいえ、広い分布の山が男女で微妙にズレているだけなので、それよりも個人差のほうがはるかに大きいと考えたほうがよさそうです。

 ホルモンについてもそうですが、女性だから、男性だからと単純に二元化する必要はないのですね。もしかしたら、私たち女性のほうが「女性だからできない」とか「力を出せない、遅い」などという風に、自分たちで縛りを設けていることが多いかもしれません。先ごろ引退を発表したレスリングの吉田沙保里さんも、たぶん普通の男性に比べたら素晴らしいパワーでしょうし。それに女性の場合、メンタルの要素がとても大きい気もします。

石井 そうかもしれません。筋力のスピードという観点でいうと、筋肉だけの問題ではなくメンタルの問題も含んでいるんです。女性は日常的に「強い力を速く出す」と言うことに慣れていない場合もあるかもしれませんね。練習したり訓練したりすれば、差はかなり縮まると思います。

脂肪の性質を変えるといわれていた「マイオカイン」について

 最近では筋肉を動かすことで分泌されるホルモン「マイオカイン」がテレビでもよく取り上げられています。最後に、話題のマイオカインについても少し解説をお願いできますか?

石井 おそらく一番注目されているのは、マイオカインの中でも「イリシン」でしょう。これは当初、筋肉から分泌されて脂肪の性質を変える働きがあるということで注目されましたが、じつは脳にも働いて認知症の予防にも効果があるのではないかと言われ始めたことから、ここ数年話題の中心になっています。

 私たちが経験的に知っていることで言えば、運動量が減った不活発な高齢者のほうが、やはり認知症になりやすい気がします。皆さん身近なところで実例を見ているので、イリシンの話も多くの人のツボにハマったのかもしれませんね。

石井 うちの研究室でも昨年、論文になりました。それは、麻酔をしたラットの筋肉に電気刺激をかけて筋トレの刺激を再現する研究ですが、その結果、神経細胞を増やす物質が脳の中で増えたということがわかりました。

 脳から筋肉に指令を送るのではなく、筋肉が脳細胞に働きかけたということですか。

石井 そうですね。今までは多くの脳科学者が「運動すれば見る景色も変わり、外界からの刺激も受けて脳が活性することで認知症予防効果があるのでは」と考えましたが、じつは筋肉を動かすときに必ずしも脳が働いていなくてもいい、筋肉が動いていれば頭を賢くしたり、認知症を予防したりするような可能性のある変化が頭の中で起こる。簡単に言えばそういったことがわかったわけです。

 かつては“脳中心主義”というのか、脳を主体とする考え方が主流でしたが近年では、腸の研究などでも、脳が指令を出す主体ではなく、腸から指令が出されていることなどがわかってきたということですが。

石井 今までは、脳が個別に肝臓や腸などに指令を送っているとされていましたが、じつはそうではなくて、体の中で臓器同士や筋肉などが情報をやり取りしながら体の状態を一定にキープするような働きをしている。だから、どこかが破綻するといろんなところの具合が悪くなる。今はそういう見方になっていますね。

 「脳中心主義」は人間の思想とも関わるだけに、哲学の領域まで絡んできそう。その意味でも「筋肉→脳」のベクトルは大きなパラダイム転換とでもいうのか、今まで当たり前とされてきたことや価値観などについても大きな変化が起きている感じがします。

石井 面白い話があって、運動すると認知症リスクが3分の1に下がるということは、疫学的な研究でもはっきりとわかっているんですね。でも運動は億劫なので、「だったら運動したつもりになる脳の状態をつくればいいんじゃないか」と、研究はそういう方向にも行くわけです。

 確かに、それで同様の効果が得られたら楽ちん!ですね(笑)。

石井 実際、運動したつもりになるゲームみたいなものも出てきたりして。でも、それが認知症予防に効果があるかというと決してそうではなくて、やっぱりリアルに体を動かすことで、初めて認知症を予防する効果がある。このことからも、筋肉や骨から戻ってくる情報が大事だということがわかると思います。

トレーニングしている女性はどうして肌がツヤツヤなの?

 リアルに運動して筋肉から出すものが必要ということですね。女性の美容にも、おそらくそこが関わってきそう。よく「ビルダーの人たちって、どうして肌がツヤツヤしているんですか?」と聞かれることが多いんです。やっぱり筋肉から何か出しているんじゃないかと(笑)。

石井 全体的に内分泌系の働きが整ってくることは確かですよね。テストステロンという男性ホルモンは、女性の場合は卵巣と副腎から分泌されますが、バランスが崩れないようにホルモン間で調整するので、そのぶん女性ホルモンも上がっている。両方とも底上げをしているので、肌なんかもツヤツヤしたものになる可能性はありますね。あとは、以前から言っていますが筋トレをすると確実に成長ホルモンは出ますので、相乗効果としてそういうことはあるのではないでしょうか。

 ネット上でささやかれる、「トレーニングをすると男性化する、キレイではなくなる」というのは間違い。むしろ、女性にとってトレーニングは美を押し上げてくれるものだということでよろしいでしょうか(笑)。

石井 そう考えていいと思います。


取材・文 藤村幸代  撮影、北岡一浩  衣装協力 ミカランセ


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