立浪部屋、明生力が語る「フィジカルトレーニングを相撲に生かす」

明生力体重150㎏を超える屈強な男たちが真正面からぶつかり合う過酷な競技、相撲。大相撲幕内力士の明生関は、「相撲」という競技で求められるフィジカルを作り上げるためのトレーニングを実践している力士の一人である。相撲のためのトレーニングとはいかなるものなのか。九州場所直前の明生関に聞いた。

取材:藤本かずまさ、IM編集部 撮影:北岡一浩

【写真】明生力の立浪部屋でのトレーニングシーン

――子どものころから体格は大きいほうだったのですか。
明生 いえ、スラッとしたタイプでした。自分が育った奄美大島には小さな子が多くて、その中では身長は高いほうだったのですが、(体格的に)相撲の才能があると感じたことはありませんでした。

――入門当時の体格は?
明生 身長は176㎝くらいで、体重は120㎏台でした。でも、入門してすぐに100㎏を切るか切らないかくらいのところまで落ちてしまいました。

――体重が落ちた理由は?
明生 中学を卒業していきなり(東京に)出てきたので、環境の変化も原因の一つだったと思います。また、入門前の中学生のころ、「これを食べ終わるまで寝るな」といった感じで、食事に関しては父親に厳しく指導されていたんです。毎日が苦痛でした。

――お父さんが相撲好きだったそうですね。
明生 自分も小学生のころすでに大相撲に進みたいと思っていたので、その気持ちを応援したいというのがあったんだと思います。ただ、食べるのが本当にキツくて、それで食事が嫌になってしまいました。入門した当初も兄弟子たちに「食べろ、食べろ」と言われていたのですが、食べても食べても落ちていって。

――体重が戻っていったのは?
明生 相撲部屋の1年間の流れというのは、毎年だいたい同じなんです。環境に慣れて、その流れが身体に染みついてきたころに、徐々に体重が戻っていきました。一度痩せてしまいましたが、そこからは稽古と食事で力士らしい身体になっていきました。 そして125㎏まで戻った時期に幕下に上がれたのですが、幕下の力士はみんな身体がでかくて強いんです。そういった人たちとガンガンと稽古をしていたら腰を怪我してしまい、そこから体重を増やせなくなった時期が1年ほど続きました。

――どのようにして身体を戻していったのでしょうか。
明生 腰の状態が良くなってからも体重は増えず、食べる量に関しては自分の中では限界がきていました。そこでこれ以上食べる量を増やすのは自分には向いていないと思い、プロテインを飲む回数を増やしました。それが自分に合ったのか、そこからは体重がまた増えていきました。

――トレーニングをやるようになったのはいつからですか。
明生 フィジカルコーチの松原(郷士)先生と出会って、大阪場所のときなどにゴールドジムに連れて行ってもらったのが最初でした。また、幕下時代に、当時の先輩についてジムに行くことはありました。ただ、そのころはトレーニングする部位を決めてやっていたわけではなく、空いている器具を触るという感覚でした。

――そこから本格的に取り組むようになったのは?
明生 2019年の場所前の稽古で左腕を怪我してからです。場所にはどうしても出たかったので、がっつりテーピングを巻いて、サポーターもして出たのですが、中日くらいまでに一勝しかできずに、そこで休場することを決めました。そのあとに松原先生から連絡をいただいて、一緒にトレーニングしようという話になり、教えてもらうようになりました。

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