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鈴木雅×桂良太郎 ボディメイク業界に警鐘 「骨格」や「素質」という言葉で問題を解決したり逃げたりしがち 必要なのは何か?

機能不全がもたらすボディメイクへの影響

桂良太郎

──続いては、より実践的な内容で、身体の機能不全がどのようにしてボディメイクに関係してくるかをお聞かせいただけますか。

桂 大きく分けると、3つのポイントを押さえる必要があります。

まずは、モビリティとスタビリティというコンディショニングにおける重要かつ基礎的な用語の定義です。モビリティとは、「可動性」という意味で「柔軟性(フレキシビリティ)」とは意味が異なります。可動域制限の問題のほとんどは、モーターコントロール機能不全が関連しています。これは私個人の考えでも何でもなく、機能神経学的な事実です。つまり、可動域制限の問題は、単純に筋肉が硬いので伸ばすという「柔軟性」の問題だけではないということです。身体が硬いという状態は、例えるならブレーキがかかっている状態であって、それを無理やり伸ばすのではなく「ブレーキを外しても良いんだ」ということを運動学習させる必要があるのです。次に、スタビリティとは「安定性」という意味であり「固定性(リジディティ)」という意味ではありません。安定性とは、「望まない動作を防ぐ能力」であって、身体を固めて固定することを指すものではありません。まずは、言葉の定義を正しく理解することが大切です。

2点目は「レジオナルインターディペンデンス」です。これは、「身体部位の相互依存性」と訳します。胸椎が伸展できないと、代わりに腰椎が過剰に伸展してしまい腰痛が発生するということが最たる例です。他にも、股関節の屈曲制限があると、代わりに腰椎が屈曲してしまう。前腕の回内可動域制限があると、プレス動作やプル動作で肩がすくんでしまう。足関節の可動域制限があると胸椎回旋の可動域制限が発生してしまうなど発生パターンは無数にあります。要するに、一見関連性がないようにみられる離れた解剖学的部位の機能障害がクライアントの主訴に影響しているというコンディショニングの基本概念です。ゆえに、全身をきちんと評価しないと問題の原因が何なのかを明らかにすることはできません。

3点目は「バルナービリティ」で、「脆弱性」を意味します。特定の動作や環境・タスクがその人にとって「リスク」となるかどうか、つまり危ないかどうかは、その人の持つ身体の脆弱性に依存します。腰椎骨盤帯のスタビリティおよびモーターコントロールが機能不全である人にとっては、ベンチプレスでハイアーチを作ることは腰部にとってリスクがあります。しかしながら、腰椎骨盤帯のスタビリティ及びモーターコントロールが獲得できている人にとっては、ベンチプレスでハイアーチを作ること自体はリスクにはなりません。ボディメイク界でよく耳にする、アームカールでチーティングして後ろに身体を煽るのは腰を痛めるからやめた方が良い、という話や、高重量のスクワットをすると首や腰を痛めるからやめた方が良い、なども同様です。そもそも腰や首が機能不全を有していて脆弱性が高ければそれらの動作が全てハイリスクであることは当然でしょうし、本来の機能が確保されていて脆弱性が低ければ、このような動作はハイリスクにはなり得ません。問題はエクササイズそのものではなく、自身の身体にあるわけです。例えるなら、「高速道路でスピードを出すとエンストするからやめた方が良い」という話と同様で、高速道路を運転すること自体が問題なのではなく、高速道路を運転するというタスクに対して、車の脆弱性が高すぎるということが問題です。つまり、車検やメンテナンスをしていなければ、高速道路を運転すること自体がハイリスクになることは当然です。筋力が強いか弱いかという話ではなく、負荷をかける以前に、自分の身体が高強度な負荷をかけても良いコンディションであるのか、適切な制御状態を保てているのかどうかを知ることが大切なのです。 こういった面に気づいてもらえると、より安全かつ楽しく長くボディメイクに取り組んでいただけるのではないかと考えています。

──鈴木さんは、このポイントについてはいかがでしょうか。

鈴木 桂さんが説明してくださったような能力がないと、ケガの防止や弱点部位の改善ができないと思います。ベンチプレスが胸に効かずに腕や肩に効いてしまう場合は、胸椎がしっかりと動いていないと考えられます。これも機能不全の一例だと言えます。

桂 ケガをした場合に、どこを痛めたかということよりも、なぜ痛めたかを考えることが大事です。ベンチプレスならば、肩甲胸郭関節のモーターコントロールおよび、胸椎のモーターコントロールが機能不全である場合は腱板損傷になる危険性が高くなります。また肩甲胸郭関節や胸椎・胸郭の機能不全がある方は、併せて呼吸機能不全を有していることが多く、慢性的な首・肩・腰・股関節などの痛みを感じやすくなります。米国メジャーリーグや日本プロ野球界など、肩を痛めたら全て白紙になってしまうようなシビアな世界では、呼吸のコンディショニングは今や当たり前になされています。

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