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禁止薬物の主な効能と副作用(蛋白同化系物質以外)|禁止薬物連載(2/2)

今回は、直接に筋力や筋肉量を増やす効果はないか低いものの、別の作用によってこれらを補強する可能性のある禁止薬物について紹介します。ステロイドほどメジャーな薬物ではないですが、ドーピングをする場合は、今回紹介するような薬物が組み合わせて用いられることもあります。

競技会への出場を考えている選手は、正規の使用法以外での使用は決して行わないようにしましょう。

<この記事の内容>
ホルモン調節薬
・・・アロマターゼ阻害薬
・・・抗エストロゲン薬
代謝調節薬
・・・インスリン
その他の禁止薬物
・・・利尿薬
・・・隠蔽薬
遺伝子ドーピング、細胞ドーピング
まとめ

ホルモン調節薬

ホルモン調節薬は、主に体内での女性ホルモンの分泌量を制御するために用いられる薬物です。男性ホルモンが筋肉量を増やして筋力を高める働きを持つのに対し、女性ホルモンは、筋肉が増えることを妨げる効果を持ちます。すなわち、蛋白同化男性化ステロイド薬にホルモン調節薬を組み合わせることで、より筋肉増強効果を取り出せる可能性があります。今回は、典型的なホルモン調節薬を2種類紹介します。

アロマターゼ阻害薬

アロマターゼ阻害薬は、男性ホルモンがエストロゲンに変化することを防ぐ薬剤です。精巣や副腎等で作られた男性ホルモンの一部は、脂肪組織等に存在するアロマターゼという酵素の働きでエストロゲンに作り替えられます。医学的な治療においては、エストロゲンによって進行するタイプのがん治療において、エストロゲン量を減らすために用いられます。エストロゲンが減ることで、がん細胞の増殖を抑えることができるとされています(引用1)。

ドーピング的観点では、女性ホルモンの総量を減らすことで、相対的に男性ホルモンの働きを強めることが狙われます。また、男性ホルモン系の薬物を使った際に見られる、体内での女性ホルモン合成量増加の副作用を抑えるためにも使われます。厄介な点として、このタイプの薬物は、比較的有名な海外サイトでも販売されている点です。鮮やかなパッケージに魅せられて購入・使用した結果、ドーピングチェックで引っかかってしまうということはないようにしたいです。そのためにも、怪しいと思われる薬物には手を出さないか、正しい知識を持って調べてから使うようにすると良いでしょう。

アロマターゼ阻害薬の副作用としては、以下のようなものが報告されています。これは、ドーピングとして使った場合ではなく、医療目的で使用した場合に報告されているものだという点には注意してください。

・ほてり・多汗
・関節痛・骨粗鬆症
・脂質代謝異常
・心血管系

エストロゲンは、女性の性周期に関わるだけでなく、骨密度の上昇や維持、コレステロールの輸送、免疫の調節等にも関わっています(引用2)。そのため、アロマターゼ阻害薬でエストロゲン量が低下すると、これらに関連する副作用も現れます。基本的にはがん治療のために使われる薬だということに十分留意する必要があるでしょう。

蛋白同化系の薬物よりは効果は劣りますが、容易に入手できて禁止薬物ではないと誤認しやすい点で、ステロイドよりも注意が必要だと言えます。

抗エストロゲン薬

続いては、抗エストロゲン薬です。アロマターゼ阻害薬は、男性ホルモンからエストロゲンが作られる過程を阻害し、全体的なエストロゲンの総量を低下させる働きのある薬物でした。それに対して、抗エストロゲン薬は、エストロゲンの受容体への作用を阻害することで、エストロゲンの働きを弱めます。エストロゲンに代表されるステロイドホルモンや、成長ホルモンのようなペプチドホルモンは、血流に乗って標的の器官へと運ばれます。そして、核や細胞膜の表面にある受容体と結合することで情報伝達が行われ、初めて効果を発揮します。つまり、ホルモンが受容体と正確に結合することができないと、ホルモン量が多くてもその機能は現れないということです。これを狙ってエストロゲンの働きを抑える薬剤が抗エストロゲン薬です。

抗エストロゲン薬も、本来はアロマターゼ阻害薬のように、女性におけるがんの進行を抑えるために使われる薬です。エストロゲンが作用することで乳がんが進行するため、治療の過程でエストロゲンにアプローチする方法が選択されることもあります(引用3)。代表的なものとして、クロミフェン、タモキシフェン、フルベストラント等があり、これらはアンチドーピングの禁止薬物に設定されています。クロミフェンは、禁止薬物を販売するサイトでは、クロミッドという名称が使われることが多いので、同じ薬物だという認識を持たないといけません。

抗エストロゲン薬のデメリットは、アロマターゼ阻害薬のデメリットとやや重なり、以下のようなものがあります。

・デメリット
・頭痛
・吐き気
・ほてり

主に女性のがん治療の際に生じる副作用ですので、競技力向上目的という観点だと緩いデメリットに思えますが、決して医療用途以外で使うことは考えてはいけません。アロマターゼ阻害薬同様に入手しやすいことに加え、ダイレクトに筋肉増強を狙う成分でないことが心理的抵抗を下げる可能性がありますが、禁止薬物に指定されていることには変わりないと知っておきましょう。

代謝調節薬

禁止薬物

続いては、代謝調節薬です。外部から取り込んだ栄養素を、エネルギーを使いながら自身の組織として再構築する働きを同化と呼びます。食事によって摂取された蛋白質は、アミノ酸へ分解されながら吸収されます。そして、吸収されたアミノ酸は、筋肉・骨・髪の毛・皮膚などのさまざまな組織の材料として利用されます。同化とは反対に、体に蓄えられたグリコーゲンや脂肪を分解してエネルギーを取り出す反応のことを異化と言います。同化と異化を合わせて代謝と呼びます。基本的には、エネルギーが過剰であれば同化が起こり、エネルギーが不足していれば異化が起こりますが、禁止薬物を使うと、この原則に逆らうことも可能になります。具体的には、エネルギーが余剰していても脂肪を効率よく燃焼できたり、エネルギーが不足していても筋肉の分解を抑えたりという例があります。

インスリン

インスリンは、膵臓のランゲルハンス島から分泌されるホルモンで、血中からのグルコースの取り込みを促進する働きを持ちます。そのため、食事等で血糖値が上昇すると、膵臓からインスリンが分泌され血糖値が下がります。インスリンは食事の栄養を体の中に取り込む働きを持つため、同化作用を持つホルモンとして分類されます。インスリンが分泌されている間は、体は組織を作る方向に機能するため、異化反応を抑えることも期待できます。また、インスリンはグルコースだけでなく、細胞へのアミノ酸の取り込みを促進することも分かっています(引用4)。筋肉の材料であるアミノ酸の取り込みが増えれば、それだけ筋肉を増やせる可能性も高くなります。

このように、インスリンはそれ自体に筋肉を増やす働きがあることに加え、筋肉の分解を抑える効果も持つ点で、代謝を調節するタイプのホルモンに分類されます。医療目的でのインスリンの注射は、1型糖尿病患者を対象としたものが有名です。膵臓が正常に機能せず、インスリンを自身で作ることのできない1型糖尿病患者は、外部からインスリンを取り入れないと血糖値を下げることができません。そのため、医師から指示されたタイミングでインスリンの注射を行います。重要なのは、医師から指示された適切な量や時間で投与しないと、過剰な低血糖状態となり、最悪の場合は死に至ることもある点です。このことを考えると、筋肉を増やしたいという安易な気持ちでインスリンを使用することは、最悪の場合につながる可能性があると言えます。

AMP活性化プロテインキナーゼ活性化薬

AMP活性化プロテインキナーゼは代謝を制御する酵素の1つです。この酵素が機能することで、細胞への糖の取り込みが活性化されると同時に、脂肪酸の酸化が促進されます(引用5)。そのため、インスリンの時と同様に、AMP活性化プロテインキナーゼの働きを強化する薬を摂取することで、同化作用を高めることができます。これらの薬も、禁止薬物として設定されているので注意が必要です。

その他の禁止薬物

次に、競技力向上目的以外で使用される禁止薬物を簡単に紹介します。

利尿薬

利尿薬は、尿の生成を促進する効果を持つ薬剤の総称です。尿の排出量を増やすことで、禁止薬物を薄める目的や、体重を減らす目的で使用されます。ボディビルディング系の競技では、体内の水分量を減らすことで、皮膚感を良く見せる効果を狙って使われることもあります。当然、体内の水分が急激に減少すれば脱水症状が起こるため、過剰に使用すれば命の危険もあります。

隠蔽薬

隠蔽薬は、禁止薬物が検出されないようにすることを助ける薬剤です。禁止薬物を薄める働きを持つ利尿剤も隠蔽薬の一種です。「世界アンチ・ドーピング規定2023禁止国際基準」によると、以下のような薬剤が含まれます(引用6)。

・デスモプレシン
・アセタゾラミド

遺伝子ドーピング、細胞ドーピング

禁止薬物

最後に、薬物の摂取以外で禁止されている手法について解説します。

ヒトの体の情報は、DNAという化学物質で決定されています。そして、DNAの特定の配列のことを遺伝子と呼びます。遺伝子をもとにさまざまな蛋白質が翻訳され、それによって体の機能が調節されています。遺伝子ドーピングや細胞ドーピングは、競技力向上に有利となる遺伝子や細胞を外部から取り込むことを指します。筋肉を増やすような遺伝子の発現を特定の部位で増やすことを狙ったり、筋肉の合成に関わる細胞を体外で増殖させてから体の中に戻したりといった手法が考えられます。これらは、従来の検査方法では違反を特定することが難しい点で厄介です。一般レベルではそう簡単に実施できる手法ではないですが、科学技術が発達するに伴って、危惧する度合いも高まっていく可能性があると言えそうです。

まとめ

今回は、蛋白同化系物質以外の禁止薬物について紹介しました。

多くの場合、今回紹介した禁止薬物は、蛋白同化系の薬剤と併用されます。それにより、筋肉を大きくしたり脂肪を燃やしやすくしたりする効果が高まりますが、同時に健康への影響も大きくなります。

スポーツマンシップという観点でも、健康面への被害という点でも、決してドーピングは容認できません。サプリメントとして販売されているものの中にも、禁止薬物が含まれている場合がありますので、中途半端な知識で手を出すことのないようにしましょう。

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執筆者:舟橋位於(ふなはし・いお)

1990年7月7日生まれ
東京大学理学部卒(学士・理学)
東京大学大学院総合文化研究科卒(修士・学術)
NSCA認定パーソナルトレーナー
調理師

東京大学在学中に石井直方教授(当時)の授業に感銘を受け、大学院は石井研究室で学ぶ。団体職員等を経て、現在は執筆業務および教育関連事業にて活動中。得意な執筆ジャンルは、運動・栄養・受験学習。

引用1. 国立がん研究センター中央病院|アロマターゼ阻害薬(ホルモン)療法
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/pharmacy/010/pamph/breast_cancer/090/index.html

引用2. Fuentes N, Silveyra P. Estrogen receptor signaling mechanisms. Adv Protein Chem Struct Biol. 2019;116:135-170.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31036290/

引用3. 厚生労働省|がん検診ってなに?
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/gan10/pdf/gan_women10_02h.pdf

引用4. Rahman MS, Hossain KS, Das S, Kundu S, Adegoke EO, Rahman MA, Hannan MA, Uddin MJ, Pang MG. Role of Insulin in Health and Disease: An Update. Int J Mol Sci. 2021 Jun 15;22(12):6403.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34203830/

引用5. Garcia D, Shaw RJ. AMPK: Mechanisms of Cellular Energy Sensing and Restoration of Metabolic Balance. Mol Cell. 2017 Jun 15;66(6):789-800.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28622524/

引用6. 公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構|世界アンチドーピング規定2023禁止表国際標準
https://www.playtruejapan.org/entry_img/2023_prohibited_List_jpn__final.pdf

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