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禁止薬物の主な効能と副作用(蛋白同化系化学物質を中心に)|禁止薬物連載(1/2)

身体能力向上効果のある薬物を摂取し、競技において優位に立とうとする行為であるドーピングは、フェアで健全なスポーツの発展という意味では決して許すことができません。また、スポーツの価値という観点以外では、健康面での被害も無視できません。

今回は、一般的に用いられることの多い禁止薬物を紹介し、その効能と副作用について解説します。安易な気持ちでドーピングに手を出すことを絶対に避けるためにも、ぜひこの記事を参考にしていただければと思います。

<この記事の内容>
蛋白同化男性化ステロイド薬
・・・そもそも蛋白同化ステロイド薬とは?
・・・蛋白同化男性化ステロイド薬の副作用
その他の蛋白同化薬
・・・クレンブテロール
・・・オシロドロスタット
・・・ラクトパミン
ペプチドホルモン
・・・エリスロポエチン(EPO)および赤血球造血に影響を与える因子
・・・成長ホルモン
まとめ

蛋白同化男性化ステロイド薬

ドーピングと聞いて誰もがイメージするのが、蛋白同化男性化ステロイド薬です。一般的には「ステロイド」という呼称が用いられることが多いです。この蛋白同化男性化ステロイド薬を使用すると、未使用時と比べて、大幅に筋力や筋肉量が増加することが分かっています(引用1)。

そもそも蛋白同化ステロイド薬とは?

ステロイドとは、ある特殊な化学構造を持つ脂質の総称です。この構造を持つ化学物質は全てステロイドホルモンと呼ばれますが、その働きはさまざまです。ドーピングに用いられるのはその中でも、筋肉を発達させる効果のある男性ホルモンです。通常、ヒトの体では、テストステロンに代表される自然な男性ホルモンの合成が行われています。男性であれば、その大部分は精巣で作られ、女性であれば、卵巣などで合成されます。テストステロンが受容体に結合することで、蛋白質の合成が促され、結果として筋肉や骨の成長が引き起こされます。

ドーピングで使われる蛋白同化男性化ステロイド薬は、ヒトが自然に合成できるテストステロンを模倣し、類似の機能を持たせた化学物質です。通常は医師の指導の元で、成長不全を示す児童や、男性ホルモン合成量が低下して更年期障害を示す男性等に処方されます。しかしながら近年では、蛋白同化男性化ステロイド薬の筋肥大効果を得ることを目的に、自由診療で処方を行うクリニックも現れています。医師の管理の元で行われてはいますが、ドーピング規約に違反する行為なので、大会への出場を考えている選手は注意しないといけません。

蛋白同化男性化ステロイド薬の副作用

蛋白同化男性化ステロイド薬の副作用としては、自身での男性ホルモン合成量が低下することが挙げられます(引用2)。体の外から、通常の分泌量をはるかに超えるような量のステロイドが供給されると、ヒトの身体は自分でテストステロンを合成することをストップしてしまいます。テストステロンの合成を止めた精巣が再び機能するには時間がかかるため、蛋白同化男性化ステロイド薬を使ってしまうと、筋肉を維持するためには、継続して使用することが余儀なくされる場合があります。

また、蛋白同化男性化ステロイド薬の継続的な使用により、循環器系に異常が生じやすくなることも分かっています。平均年齢74歳の男性被験者を対象に、6ヶ月にわたるテストステロンの外的摂取の効果を調べた研究では、循環器系のリスクを示す値が悪くなったことが分かりました(引用3)。このような循環器系への影響の原因として、脂質代謝に異常が生じることが考えられています。テストステロンを12ヶ月投与した研究では、動脈内のプラークが増加したことが分かりました(引用4)。プラークの原因としては、テストステロンの投与により脂質代謝が悪くなり、増加したコレステロールが沈着したことが考えられます。

蛋白同化男性化ステロイド薬の副作用は精神面にも及びます。摂取により、以下のような症状が現れることが報告されています(引用5)。
・気分障害
・自殺率の上昇
・不安障害
・異常行動
・幻覚や妄想
海外では、ステロイドの摂取によって攻撃的になることを”Roid Rage”と呼ぶことがあります。自身の健康を損なうだけでなく、周囲の人間にも危害を加えてしまう可能性がある点は、蛋白同化男性化ステロイド薬の大きな問題点だと言えるでしょう。

その他の蛋白同化薬

禁止薬物

続いては、蛋白同化作用のあるステロイド以外の薬物についてです。筋肉増強と言えばステロイドといったイメージですが、実際には、他の化学物質にも同様の効果も見込めるものがあります。

複数種類がありますので、「世界アンチドーピング規定2023禁止表国際標準」(引用6)よりいくつかピックアップして紹介します。

クレンブテロール

クレンブテロールは、喘息等の治療に用いられる気管支拡張剤と呼ばれる薬品です。クレンブテロールは、平滑筋に存在するβ2受容体に作用します。その結果として気管が拡張し、呼吸が楽になるというのが本来の使用法です。一方で、クレンブテロールには、蛋白同化作用と、代謝を高める働きがあることも知られています。

前者については、ドイツ人卓球選手がドーピング違反になった例が有名です。彼は中国で食事をしてから競技に参加しましたが、その食事の中に、クレンブテロールを使用して生育した家畜の肉が含まれていました。そして、後の検査で頭髪からクレンブテロールが検出され違反となりました。しかしこの件では、選手側の主張が認められ、後日、違反は取り消しとなりました(引用7)。クレンブテロールを摂取することで筋肉すなわち赤身部分の重量を増やすことができるため、国によっては畜産で利用していることがあります。実際に、動物実験では蛋白同化作用が認められているものの、ヒトにまで効果があるかについては分からない部分も多いです(引用8,9)。

クレンブテロールの代謝を高める機能は、ボディビルダーが減量を進めるために利用されます。クレンブテロールが作用するβ2受容体は、さまざまな経路で代謝を刺激します(引用10)。代謝が上がることに加え、糖の取り込みを制限したり、脂肪の利用量を増やしたりすることで、結果としてボディビルにおける減量を容易に進めることを可能にします。

クレンブテロールには、頻脈、不整脈、動悸、緊張や神経の昂りといった副作用があります(引用11)。医療用途以外での安易な使用は絶対に避けるべきでしょう。

オシロドロスタット

オシロドロスタットは、クッシング病の治療に使われる薬です。クッシング病は、副腎皮質ホルモンの1種であるコルチゾールが過剰に分泌されることで、肥満等の症状を引き起こす病気です(引用12)。オシロドロスタットは、副腎に直接作用することで、コルチゾールの産生を抑えます。コルチゾールはカタボリックホルモンとして知られ、筋肉を分解して糖を作り出す働きを持つホルモンです。すなわち、オシロドロスタットでコルチゾールの分泌量を制御できれば、より有利に筋肉を発達させられる可能性があります。またそれだけでなく、オシロドロスタットには、テストステロンを上昇させる効果があるとする研究もあります(引用13,14)。筋肉の分解を抑えると同時に、筋肉の発達も促す可能性のあるオシロドロスタットも、医療目的以外での使用は絶対に避けないといけないです。

ラクトパミン

ラクトパミンは、牛や豚の成長促進のために投与されることのある化学物質です。日本では、農林水産大臣による動物医薬品の承認等が行われていないため使用されていませんが、海外では使用を認めている国もあります。ラクトパミンを投与することで、家畜の赤身、すなわち筋肉量を増やすことができるとされています15。ラクトパミンは前述したクレンブテロールと類似した構造を持っており、クレンブテロール同様にβ受容体に作用することを考えると、筋肉を発達させる効果があると考えるのが自然でしょう。

通常は、食品から摂取したラクトパミンによって健康被害が出ることはありません。これは、食品への残留基準が科学的根拠に基づいて定められているためです(引用15)。しかしながら、クレンブテロールの項目で紹介したドイツ人卓球選手の例のように、不運が重なって摂取に至る可能性がないとは言い切れません。海外遠征を考えている選手は、食事の内容にも細心の注意を払う必要があると言えるでしょう。

ペプチドホルモン

禁止薬物

アミノ酸が複数つながって作られる高分子のことをペプチドと呼びます。たんぱく質が分解される過程でペプチドができ、ペプチドがさらに細かく切断されるとアミノ酸ができるイメージです。体の中で機能するホルモンには、ステロイドを基本の骨格とするもの以外にも、ペプチドからなるものが存在します。そして、ペプチドホルモンの中にも、ドーピングと大きく関わるものがいくつかあります。

エリスロポエチン(EPO)および赤血球造血に影響を与える因子

ボディビルにおけるドーピングとは比較的関わりが薄いですが、他のスポーツに大きな影響を与える可能性があるのが、赤血球を増やすことを狙うドーピングです。赤血球は、血液中に存在する扁平の細胞で、主に酸素や二酸化炭素を体内で運搬する機能を持ちます。赤血球は、骨髄にある造血幹細胞が分化することで作られます。そして、エリスロポエチンと呼ばれるホルモンは、この造血幹細胞を刺激し、より多くの赤血球を作らせる働きを持ちます。赤血球の量が増えれば、その分だけ酸素を運搬する能力が高くなるため、持久系スポーツをはじめとする多くのスポーツで恩恵を受けられる可能性があります。そのため、競技力向上の目的でエリスロポエチンを使用することは禁止されています。

成長ホルモン

成長ホルモンは、脳下垂体から分泌されるホルモンです。ヒトで合成・分泌される成長ホルモンのことを、特にhGH(human Growth Hormone)と呼ぶこともあります。

成長ホルモンはその名前の通り、体の各組織の成長をコントロールするとともに、代謝の調節にも関わっています。成長ホルモンは、レジスタンストレーニングや睡眠によって自然に分泌量が増え、壊れた組織の修復を促進します(引用16)。成長ホルモンが標的の器官に直接働きかけることもあれば、IGF-1(インスリン様成長因子1)を介して効果を発揮する場合もあります。また、成長ホルモンは脂肪細胞の脂肪酸への分解も促すため、体脂肪量の減少にも効果を持ちます。医療の分野では、遺伝子組み換えを行った大腸菌を利用して人工的に合成された成長ホルモンによる低身長の子どもの治療等が行われています(引用17)。

これらの効果からすぐに分かるように、成長ホルモンはボディビル競技と非常に相性が良いです。筋肉を増やすアナボリックな効果を狙いつつ、脂肪の減少も狙うことができます。成長ホルモンは元々ヒトの身体で合成できる化学物質であるため、体外から取り入れても副作用が少ない点も特徴です。近年では、テストステロン同様に、自由診療でヒト成長ホルモンの注射を受けることができるようになりましたが、これは明確にドーピング違反ですので、大会に出場する選手は行ってはいけません。

まとめ

今回は、禁止薬物の中でも特に、直接筋肉を発達させる効果を狙うものについて解説しました。有名な禁止薬物であるステロイドは、近年では容易に入手ができるようになっています。専門クリニックの誕生などにより、使用に対する心理的な抵抗も小さくなってきていますが、競技選手は決して使わないようにする必要があります。

また、無意識のうちに摂取してしまう恐れのある化学物質もあります。海外遠征を行う選手は、食事の内容にも注意して、うっかりドーピングになることを避けないといけません。

禁止薬物について正しい知識を身につけ、フェアで健全な競技生活を送るようにできると良いでしょう。

執筆者:舟橋位於(ふなはし・いお)

1990年7月7日生まれ
東京大学理学部卒(学士・理学)
東京大学大学院総合文化研究科卒(修士・学術)
NSCA認定パーソナルトレーナー
調理師

東京大学在学中に石井直方教授(当時)の授業に感銘を受け、大学院は石井研究室で学ぶ。団体職員等を経て、現在は執筆業務および教育関連事業にて活動中。得意な執筆ジャンルは、運動・栄養・受験学習。

引用1. Storer TW, Basaria S, Traustadottir T, Harman SM, Pencina K, Li Z, Travison TG, Miciek R, Tsitouras P, Hally K, Huang G, Bhasin S. Effects of Testosterone Supplementation for 3 Years on Muscle Performance and Physical Function in Older Men. J Clin Endocrinol Metab. 2017 Feb 1;102(2):583-593.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27754805/

引用2. Bain J. The many faces of testosterone. Clin Interv Aging. 2007;2(4):567-76.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18225457/

引用3. Basaria S, Coviello AD, Travison TG, Storer TW, Farwell WR, Jette AM, Eder R, Tennstedt S, Ulloor J, Zhang A, Choong K, Lakshman KM, Mazer NA, Miciek R, Krasnoff J, Elmi A, Knapp PE, Brooks B, Appleman E, Aggarwal S, Bhasin G, Hede-Brierley L, Bhatia A, Collins L, LeBrasseur N, Fiore LD, Bhasin S. Adverse events associated with testosterone administration. N Engl J Med. 2010 Jul 8;363(2):109-22.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20592293/

引用4. Snyder PJ, Bhasin S, Cunningham GR, Matsumoto AM, Stephens-Shields AJ, Cauley JA, Gill TM, Barrett-Connor E, Swerdloff RS, Wang C, Ensrud KE, Lewis CE, Farrar JT, Cella D, Rosen RC, Pahor M, Crandall JP, Molitch ME, Resnick SM, Budoff M, Mohler ER 3rd, Wenger NK, Cohen HJ, Schrier S, Keaveny TM, Kopperdahl D, Lee D, Cifelli D, Ellenberg SS. Lessons From the Testosterone Trials. Endocr Rev. 2018 Jun 1;39(3):369-386.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29522088/

引用5. Piacentino D, Kotzalidis GD, Del Casale A, Aromatario MR, Pomara C, Girardi P, Sani G. Anabolic-androgenic steroid use and psychopathology in athletes. A systematic review. Curr Neuropharmacol. 2015 Jan;13(1):101-21.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26074746/

引用6. 公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構|世界アンチドーピング規定2023禁止表国際標準
https://www.playtruejapan.org/entry_img/2023_prohibited_List_jpn__final.pdf

引用7. ライブドアニュース|「中国の豚肉、2度と食べない」…残留成分でドイツ選手が出場禁止
https://news.livedoor.com/article/detail/5099009/

引用8. Awede BL, Thissen JP, Lebacq J. Role of IGF-I and IGFBPs in the changes of mass and phenotype induced in rat soleus muscle by clenbuterol. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2002 Jan;282(1):E31-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11739080/

引用9. Roberts P, McGeachie JK. The effects of clenbuterol on satellite cell activation and the regeneration of skeletal muscle: an autoradiographic and morphometric study of whole muscle transplants in mice. J Anat. 1992 Feb;180 ( Pt 1)(Pt 1):57-65.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1452482/

引用10. 日集中医誌. 2009;16:248~250.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/16/3/16_3_248/_pdf

引用11. Yen M, Ewald MB. Toxicity of weight loss agents. J Med Toxicol. 2012 Jun;8(2):145-52. doi: 10.1007/s13181-012-0213-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22351299/

引用12. 公益財団法人難病医学研究財団/難病情報センター|クッシング病(下垂体性ACTH分泌亢進症)(指定難病75)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/78

引用13. Fleseriu M, Pivonello R, Young J, Hamrahian AH, Molitch ME, Shimizu C, Tanaka T, Shimatsu A, White T, Hilliard A, Tian C, Sauter N, Biller BM, Bertagna X. Osilodrostat, a potent oral 11β-hydroxylase inhibitor: 22-week, prospective, Phase II study in Cushing's disease. Pituitary. 2016 Apr;19(2):138-48.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4799251/

引用14. Fleseriu M, Newell-Price J, Pivonello R, Shimatsu A, Auchus RJ, Scaroni C, Belaya Z, Feelders RA, Vila G, Houde G, Walia R, Izquierdo M, Roughton M, Pedroncelli AM, Biller BMK. Long-term outcomes of osilodrostat in Cushing's disease: LINC 3 study extension. Eur J Endocrinol. 2022 Sep 16;187(4):531-541.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9513654/

引用15. 厚生労働省|牛や豚に使用される肥育促進剤(肥育ホルモン剤、ラクトパミン)について(Q&A)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000150442.pdf

引用16. Kato Y, Murakami Y, Sohmiya M, Nishiki M. Regulation of human growth hormone secretion and its disorders. Intern Med. 2002 Jan;41(1):7-13.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11838603/

引用17. Collett-Solberg PF, Ambler G, Backeljauw PF, Bidlingmaier M, Biller BMK, Boguszewski MCS, Cheung PT, Choong CSY, Cohen LE, Cohen P, Dauber A, Deal CL, Gong C, Hasegawa Y, Hoffman AR, Hofman PL, Horikawa R, Jorge AAL, Juul A, Kamenický P, Khadilkar V, Kopchick JJ, Kriström B, Lopes MLA, Luo X, Miller BS, Misra M, Netchine I, Radovick S, Ranke MB, Rogol AD, Rosenfeld RG, Saenger P, Wit JM, Woelfle J. Diagnosis, Genetics, and Therapy of Short Stature in Children: A Growth Hormone Research Society International Perspective. Horm Res Paediatr. 2019;92(1):1-14.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31514194/

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